ちゃんぷる〜日記。

どうせ誰も読んでない。

2020年04月01日

「ジョーカー」人によっては見たいものが見られる映画であり、人によっては見たくもないものを見せられる映画である

DMM動画で「ジョーカー」を見る。
たまたまクーポンの期限だったので、見たことないやつの中から気になっていた作品をチョイス。
最近、マーティン・スコセッシ監督が気になっている自分としては「タクシードライバー」の影響を強く感じるこの作品は魅力的だった。

物語としてはどうもすっきりしない。
バットマンの知識が多少なりともあると、さらに引きずられてしまう。
いっそ別物と考えた方がすっきりする。
理解しようとすると、むしろ混乱する。
制作側が混乱させようとして作っていると感じた。

すごく共感できた部分としては、拳銃を持った時の態度。
自分自身、もし自殺をするのなら拳銃自殺と思っている。
(おそらくこれは、日本にいる限りまず拳銃が手に入ることはないという無意識の逃避と、さりとて自殺を考えずに生きていけるほど強くもないという意識の逃避であるのだろう)
だから拳銃を持つことがあれば、まずは自分に向けてみるだろう。
そこから人に向けられるかどうかまでは、持ってみないとわからない。
何事も想像はできるが、どうなるかはなってみないとわからないものだ。

「ジョーカー」がおもしろいと感じるかどうかもその辺りの資質を持っているかどうかで変わってくるだろう。
妄想の中で自分を殺し、人を殺し、それでも世界を正常に渡り歩きたいと願う。
もし、一歩踏み出してしまったらどうなるのだろうか?
考えることはあっても、決して踏み出したりはしない。
いっそ狂ってしまえば楽だろう。
そんな人間が「ジョーカー」を見ると、待っているのは破滅だろうけど、やっぱりたのしそうでもあるな、と感じるわけである。

そういう鬱屈とした感情に対するガス抜きの映画であり、この映画があまりにも受け入れられすぎるのも、それはそれで怖い世の中ということになる。
また実際にジョーカーのような存在が出てきて欲しいとも思わない。
安全なところから見れば、戦争すら娯楽になるかもしれないが、渦中にいたいとは思わないのも人間なのだ。

「ジョーカー」にはすっきりする面もある。
殺したいと思うような人間が出てきて、殺しても良いような理由ができ、実際に殺すからだ。
それでいて、解釈次第ではどうとでも取れる部分もあるから、深く気にする必要もない。
すべては映画という創作物の中の出来事であり、自分自身が映画から受けた影響をどう捉えていくかの方が大事だ。

「ジョーカー」は人によっては見たいものが見られる映画であり、人によっては見たくもないものを見せられる映画である。
だが不思議なもので、見たいものを見せてもらったという気持ちと共に、はたしてこれが見たいもので良かったのだろうか?とも考えさせられる。
目を背けたくなるような自分自身の感情と向き合うことも、生きる上で大事なことだ。
映画は、そのきっかけに過ぎない。
posted by どらっくす at 14:11| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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