諦めの言葉が、頭の中にこだまする。
「水が欲しい…」
目の前には、ただただ広い砂漠が広がっていた。
だが、もう戻ることもできない。
進むしかないのだ。
懐には、大きな宝石が入っていた。
まったくの偶然で手にしたその宝石は、
まったくの偶然ながら盗品であった。
僕が盗んだわけではない。
落ちていた物を拾っただけだ。
これ幸いにと、
宝石商に持って行ったところ、
潜んでいた警察に追われることになった。
隙をみて逃げ出したのは良かったものの、
何の準備もせずに飛び出したせいで、
命を危険にさらす羽目になった。
砂漠に囲まれた街に住んでいるという自覚はあったが、
その砂漠が、こんなにも広いとは、
思いもしなかった。
生まれてから、ほとんどの人間は、
街の中で一生を終える。
この街を囲う砂漠はそれほどに広いのだ。
稀に、外から来る者があったとしても、
もう一度外へ戻ろうとするものは少ない。
それほどに、過酷な砂漠なのだ。
つまり、何の準備もせずに出てきた僕は、
遠くない将来に、死ぬことになる。
おとなしく捕まっていれば、
数年で檻から出られただろうに。
逃げ出してしまったから、
こんなことになってしまった。
いや、宝石商に売りに行かずに、
警察に届けておけば、
盗まれた人から謝礼を貰うことだって、
できたかもしれない。
バカだった。
正しい行いをすれば、
助かっていた命を、
無駄に消費してしまったのだ。
日が沈んでいくと共に、
急激に冷え込んできた。
昼は暑く、夜は寒い。
砂漠とは、そういうところなのだ。
それでも、ただひたすらに歩く。
命尽きるまで、歩き続けるしかない。
どれくらい歩き続けたのかわからなくなった頃、
先の方に、何かが見えてきた。
「オアシスだ…」
僕は残された気力を振り絞り、
オアシスまで夢中で歩いた。
ああ、神様。
ありがとうございます。
僕は、もう二度と、悪いことなどいたしません。
ようやくオアシスにたどり着くと、
そこには数人の警官が待ち構えていた。
「よくここまで逃げたものだな。」
警官はそう言いながら、僕を縛り上げた。
抵抗する力は、もう残っていなかった。
「砂漠に逃げたものは、ここにたどり着けなければ死ぬ。」
「たどり着いたとしても、我々が待っていて殺す。」
「宝石を盗むのは死罪と決まっている。」
「さあ、宝石を出せ。」
「その前に、水を一杯もらえないでしょうか?」
「水か、飲め。」
受け取った水を、一心不乱に飲んだ。
人生で、一番うまい水だった。
「ありがとうございました。」
僕は、懐に手を入れた。
ない。
宝石は、なかった。
どこかで落としたのだろうか?
僕は懐からそっと手を出した。
「私は何も持っていません。」
「なんだと?」
「宝石など、盗んではいません。」
「本当か?」
「はい。」
警官たちは、僕の服を脱がしたが、
ないものは出てくるはずがない。
「飲み込んだわけではあるまいな?」
「水もなく、あのように大きな宝石を飲み込めるでしょうか?」
「どこかに隠したのか?」
「この砂漠に、あのように小さな宝石を隠し、見つけることができましょうか?」
「それでは、お前はここに何をしにきた?」
「最初に申しましたとおり…」
僕は息を吸い込んだ。
「一杯の水を飲みに来たのです。」