どらっくすのちゃんぷる〜日記。

どうせ誰も読んでない。

2018年05月31日

「ACIMで行こう!2」を読む。分離と愛の間。

「ACIMで行こう!2」を読む。

1を読み終え(「ACIMで行こう!」を読む。おめでとう、ありがとう。)すぐに2を読みだした。
2は1よりも時間がかかったのではないかと思う。

なんだかいい話だなあ
そろそろ終わりかな
まだ終わらないの?
いい加減終われや!!

という気持ちになりつつ、なんとか読み終わりました。
まさしくこれはエゴによる現実を創造しようという行為であって、そういう気持ちを聖霊に届けながら読んでいたわけです。
特に中盤からの母との話辺りからは、スピリチュアル的に大きな出来事もあったにせよ、自分のエゴが「なんでよくわからんスピリチュアルおばちゃんのエッセイを読まなきゃいけないんだ?いますぐ本を閉じろ!」と叫び続けていました。
電子書籍なんで、閉じるのはアプリですけどね。
いや、アプリの中の書籍データを展開しているわけだから、本を閉じろであっているのか?
とにかくそのような気持ちになっていた次第です。

というのも、このタオさという方は、とにかく歩みが遅い。
三歩進んで三歩戻っているんじゃないか?というくらいに遅い。
ACIMについて、特に理解しているわけではない自分が読んでいても感じるくらいに遅い。今、ACIMについて理解していない私を創造しようとしましたね。危ない危ない。
なぜ、遅いと感じるかというと「それ1でわかったやつじゃないんかーい!」「さっきわかった感じ出してやつじゃないんかーい!」みたいなことがずっと繰り返されているからです。
もちろんこの本自体が、かなりの長期間に渡っての記録であり、それを数時間でまとめて読んでしまっているわけだからして、同じことの繰り返しになってしまうのは仕方がない。
さらには、ACIMという本は、色々書いてあるけど、言ってることはひとつだけらしいので、その流れにも沿っているのかもしれない。

でも、何度同じことを繰り返すんだよ?もう良いでしょ。という気持ちがグングン出てきてしまって、読み進めるのに苦労したというか、諦めて流し読みしていました。
流し読みをしながら「どうしてこんなにイライラするのだろう?」と考えてみると、同じことを何度も繰り返してしまう人というのが、そのまま自分にも当てはまるからなんですね。
なので、そういう気持ち自体を赦す機会を与えられたのでしょう。よかったよかった。
エゴはこういう形でも現実を創造してこようとするものなのです。とんでもない創造力ですよ。

最終的にはタオさんも一段階成長したような終わり方でした。まあ、成長とかはこの幻想の世界には存在しないわけですけどね。
もし3があったとして、また同じことを繰り返しだしていたら……、それはそれで自分も同じような道を歩んでいるということになり、また赦しの機会が与えられたということになるのかもしれません。
こんなことを書いていると「お前、ACIMの何がわかっているんだよ?」と言われてしまいそうですが、何もわかっていませんよ。
『奇跡のコース』自体、本屋で見かけてパラパラとめくってみた程度です。
そういう中で、全部が幻想であり、すべてはエゴが作り出した誤創造であり、分離を体感させようとしているだけなんだ、ということをなんとなく受け入れただけです。

あとは純粋に読み物として読んでいて「この人、全然わかってないなあ」なんて笑っていただけですね。
わかってないというのは、書いてあったことのはずなのに、また同じようなことが出てくると迷いだすんですよ。
もうほんとに「どうなってんだよこの人?壊れてんの?」というくらいに。
「何で怒ってんねん!赦せや!!」と、気がつけば使ったことのない関西弁でつっこんでしまったくらいです。
中盤くらいでの覚醒体験のようなものを通過した後も、そんなに変わらなかったのにはもはや驚きました。
でも、そういうものなんだとも思います。
覚醒体験というのは、幻想を強化するためのものでしかないと思うんですよね。
現実という幻想を強化するために、現実以上のものが見えたと錯覚すること。
だからすべては愛であることを体感したとしても、現実にはいつもの自分で戻ってこないと、本当の覚醒体験とは言えないと思うんです。
その上でようやく、現実は幻想なんだなということが体感できるんだと思うんですよね。
かえってきて違う人間になってしまったら、それはまた別の幻想に移っただけですから。

こういうことを書いていると、頭がワーッとなってきますね。
ぐちゃぐちゃというのも違う、何か空を飛んでいるような、地面を潜っているような、その実パソコンの前でキーボードをたたいているだけのような。
長期間にわたって、自分のことを記録し続けるということは大変なものです。
でも、そんな自分なんて存在しないんですけどね。
分離しようとしていくエゴと、それを見つめる聖霊。
その間に居続けることこそが、人間というものなのかもしれません。
posted by どらっくす at 11:58| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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