彼はすぐにそんなことを言う。
そんな時、私は何も言えなくて、なんとなく笑顔を作るだけだ。
それでいつもは終わり。
ただ、今日の彼は違った。
「どうして、愛していると言ってくれないのでしょうか?」
言いづらいのだけど、彼に隠し事をしたくなかった。
「あなたに愛していると言われる度に、なにか心の奥に重いものがこみあげてくるのです。」
私の中に、彼の重みが加わったかのように、心が重くなる。
人に愛されるということが、こんなにも苦しみを生むものだとは知らなかった。
愛されれば愛されるほどに、愛されているのかと私自身が叫び出す。
この重みが、ただ言葉によってのみ生みだされているのか。
あるいは、もっと別な。
「そうでしょうか?」
彼の声に、私の思考は中断された。
「そうでしょうか、とは?」
「僕には、愛の重みがわからないのです。」
「重みがわからない?」
「ええ。」
彼の瞳の奥に、とてつもない怪物が潜んでいる気がした。
愛の重みがわからない人間が、どうして人を愛することができるというのか。
愛しているという言葉は、さらに私の心の中で動き出す。
はたして、この言葉は本当にわたし自身を指す言葉なのだろうか。
もっと別な。
「つまり、愛とはもっと軽いものだと思うのです。」
私の思考は、またも彼の言葉で止められた。
「軽くはないでしょう。」
「むしろ僕にとって、愛とはもっとも軽やかな感情なのです。」
「へえ。」
あまりにも間抜けな声が出たことに自分自身で驚いた。
「覚えてはいませんが、きっと人間が生まれた時に、最初に愛を感じるのではないかと思うのです。」
「それはそうかもしれません。」
「だったら、そこに重みなんてものがあるのでしょうか?」
「どうでしょう。」
私には、わからなかった。
愛とは、あなたとわたしの間に架かる橋のようなもので、二人で支えていくものなのではないだろうか。
「僕は、君を愛していると感じる時、空だって飛べるような気がするのです。」
彼が空を飛んでいるから、私は橋に潰されそうになっているのではないだろうか。
なんともズルい話だ。
「その時、私はあなたの愛を下から支えているのです。だから、重いのです。」
彼は一瞬悩んだような顔をしてから、パッと顔を輝かせた。
「それなら、一緒に飛びましょう。」
「飛ぶ?そんなことをしたら、あなたは落ちてしまうかもしれないですよ。」
「その時は、その時です。でも。」
彼は笑った。
「でも?」
「きっと大丈夫です。君は僕の天使ですから。」
彼の背中に羽はない。私の背中にも羽はない。
それでも空を飛べるだろうか。
「私は、あなたを愛しています。」
彼は空に飛んでいった。
「僕も、君を愛しています。」
私もどうやら体が浮いてきた。
私を潰そうと落ちてきた橋は、そのまま地の底に落ちていく。
彼と手を取り合い、どこまでも空を飛ぶ。
空を飛ぶのは、思っていたよりも、気持ち良いものだった。


