どらっくすのちゃんぷる〜日記。

どうせ誰も読んでない。

2018年06月20日

ダークタワーU上巻を読み終わる。ワールドカップ日本初戦が終わる。

ダークタワーUの上巻を読み終わりました。

どういう物語が紡がれていくのか、まったく予想ができないですね。
一巻を読んだ時には「おもしろいけど、二巻はどうしようかなあ」と思っていましたが、今は早く続きが読みたいです。
下巻も早く読もう。


ワールドカップ日本戦が終わりましたね。
まさか勝つとは思いませんでした。
ドローで終われれば……、という気持ちの人がほとんどだったのではないかと思います。
たぶん選手も監督もそう思ってたんじゃないですかね。
前半早々の得点、かつ相手が10人という有利な状況に、突き放しにかかるか、守り切るかで迷っていたように感じました。
元々は、守り切ろうという作戦だったから、そういうことが起こったんじゃないかな。

本田が交代早々に良いコーナーキックをしましたね。
その後は、ミスもありましたが、ああいう決定的な場面を作れる選手を使いたくなるのは当然です。
フルで出場させるには不安があるかもしれませんが、今回のような使い方であれば決勝トーナメントにはぴったりだと思います。
ファーストタッチでいきなりシュートにいったじゃないですか、あれでボールの感覚をある程度つかめたんでしょうね。
その後に、びっくりするくらいのミスパスをしたので、パスの感覚はつかめなかったのかな。
ミスはカバーできても、決定機を作ることは難しい。本田を入れることで選手たちにも点を取りに行くんだな、ということを伝えられる。
そういった役割を担える選手をベンチに置いておけるというのは素晴らしいことです。

ついでなので、セネガル対ポーランドも見たんですが、セネガルはかなり強いですね。
まず、でかい。
足が長いので、普通ならコントロールできないようなボールもコントロールしてしまう。
足が速いので、普通なら追いつけないようなボールにも追いついてしまう。
それでいてディフェンスも固い。
なかなかの難敵ですね。
ただ、攻め気が強いというか、勝っててもおかまいなしに攻められるときは攻めてくるので、つけいる隙がないわけではなさそうです。
セネガルが焦れるまで、日本が耐えられるかが勝負の決め手になりそうですが、一点までなら追いつけない相手ではないと思います。

ポーランドはセネガルに対してかなりやられてしまっていました。
なので、この試合をもって実力をどうとらえるかは難しいところですね。
日本があっさり勝ちそうな気もするし、負けるなら大負けしてしまいそうな相手です。
引き分けでも決勝トーナメント進出、みたいな状況になった時に危険な相手ですね。
勝利しないといけない、という状況の方が案外スッと勝ってしまえるかもしれません。

予想以上にセネガルが強かったので、コロンビアに勝てたのは本当に良かったです。
決勝トーナメント進出は絶望的かと思っていましたが、コロンビアに勝ったことでかなり道が開けましたね。
日本が勝ったことで、グループHは完全に混戦になって面白味が増しましたね。
もちろん日本には勝ってもらいたいですが、どういう試合がこれから続くのか、ますますたのしみです。
posted by どらっくす at 02:25| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

もうめんどくさいことはやめよう。

ふとアクセス解析を見て気がついたこと。
最近書いたブログの記事、ほとんど誰も読んでない。
なんだか、色々と読みやすいようにとか、そんなことを考えていたけど。
全部無駄だったんじゃなかろうか。

面倒なので、日記スタイルに戻そうと思う。
大体ね、いちいちなんかちゃんと書こうとするなんてのは、普通の人間の所業じゃないですよ。
根本から、人間として、魂からしてめんどくさがりなのに、今までよくやってきたんじゃないですか?
もっと開放して、自分を解放していこう。

最近は、そうですね……。
特に何もないです。
しょうがないよね、特に何もしてないですし。
本を読んだりは意外としてますね。

今日もちょっとだけ「ダークタワー」の二巻を読んでました。

読んでましたと言っても、この本自体は開くのが二か月ぶりくらいですけどね。
途中まで読んで、長らく止まってしまっていました。

再開した理由?
ないですよ、そんなの。
たまたま手元にあったから。
そんなね、いちいち理由なんてない。
もう全部適当で良いんです。

それにしても「ダークタワー」おもしろいですね。
たいしたことが書かれているようには思えないのに、どんどん読んでいってしまう。
良くわからないのに、どうなってしまうのかが気になって読んじゃう。
今まで、スティーブン・キングってそんなに読んでこなかったんですけど、これを機に読んでみようかな。
posted by どらっくす at 09:37| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月31日

「ACIMで行こう!2」を読む。分離と愛の間。

「ACIMで行こう!2」を読む。

1を読み終え(「ACIMで行こう!」を読む。おめでとう、ありがとう。)すぐに2を読みだした。
2は1よりも時間がかかったのではないかと思う。

なんだかいい話だなあ
そろそろ終わりかな
まだ終わらないの?
いい加減終われや!!

という気持ちになりつつ、なんとか読み終わりました。
まさしくこれはエゴによる現実を創造しようという行為であって、そういう気持ちを聖霊に届けながら読んでいたわけです。
特に中盤からの母との話辺りからは、スピリチュアル的に大きな出来事もあったにせよ、自分のエゴが「なんでよくわからんスピリチュアルおばちゃんのエッセイを読まなきゃいけないんだ?いますぐ本を閉じろ!」と叫び続けていました。
電子書籍なんで、閉じるのはアプリですけどね。
いや、アプリの中の書籍データを展開しているわけだから、本を閉じろであっているのか?
とにかくそのような気持ちになっていた次第です。

というのも、このタオさという方は、とにかく歩みが遅い。
三歩進んで三歩戻っているんじゃないか?というくらいに遅い。
ACIMについて、特に理解しているわけではない自分が読んでいても感じるくらいに遅い。今、ACIMについて理解していない私を創造しようとしましたね。危ない危ない。
なぜ、遅いと感じるかというと「それ1でわかったやつじゃないんかーい!」「さっきわかった感じ出してやつじゃないんかーい!」みたいなことがずっと繰り返されているからです。
もちろんこの本自体が、かなりの長期間に渡っての記録であり、それを数時間でまとめて読んでしまっているわけだからして、同じことの繰り返しになってしまうのは仕方がない。
さらには、ACIMという本は、色々書いてあるけど、言ってることはひとつだけらしいので、その流れにも沿っているのかもしれない。

でも、何度同じことを繰り返すんだよ?もう良いでしょ。という気持ちがグングン出てきてしまって、読み進めるのに苦労したというか、諦めて流し読みしていました。
流し読みをしながら「どうしてこんなにイライラするのだろう?」と考えてみると、同じことを何度も繰り返してしまう人というのが、そのまま自分にも当てはまるからなんですね。
なので、そういう気持ち自体を赦す機会を与えられたのでしょう。よかったよかった。
エゴはこういう形でも現実を創造してこようとするものなのです。とんでもない創造力ですよ。

最終的にはタオさんも一段階成長したような終わり方でした。まあ、成長とかはこの幻想の世界には存在しないわけですけどね。
もし3があったとして、また同じことを繰り返しだしていたら……、それはそれで自分も同じような道を歩んでいるということになり、また赦しの機会が与えられたということになるのかもしれません。
こんなことを書いていると「お前、ACIMの何がわかっているんだよ?」と言われてしまいそうですが、何もわかっていませんよ。
『奇跡のコース』自体、本屋で見かけてパラパラとめくってみた程度です。
そういう中で、全部が幻想であり、すべてはエゴが作り出した誤創造であり、分離を体感させようとしているだけなんだ、ということをなんとなく受け入れただけです。

あとは純粋に読み物として読んでいて「この人、全然わかってないなあ」なんて笑っていただけですね。
わかってないというのは、書いてあったことのはずなのに、また同じようなことが出てくると迷いだすんですよ。
もうほんとに「どうなってんだよこの人?壊れてんの?」というくらいに。
「何で怒ってんねん!赦せや!!」と、気がつけば使ったことのない関西弁でつっこんでしまったくらいです。
中盤くらいでの覚醒体験のようなものを通過した後も、そんなに変わらなかったのにはもはや驚きました。
でも、そういうものなんだとも思います。
覚醒体験というのは、幻想を強化するためのものでしかないと思うんですよね。
現実という幻想を強化するために、現実以上のものが見えたと錯覚すること。
だからすべては愛であることを体感したとしても、現実にはいつもの自分で戻ってこないと、本当の覚醒体験とは言えないと思うんです。
その上でようやく、現実は幻想なんだなということが体感できるんだと思うんですよね。
かえってきて違う人間になってしまったら、それはまた別の幻想に移っただけですから。

こういうことを書いていると、頭がワーッとなってきますね。
ぐちゃぐちゃというのも違う、何か空を飛んでいるような、地面を潜っているような、その実パソコンの前でキーボードをたたいているだけのような。
長期間にわたって、自分のことを記録し続けるということは大変なものです。
でも、そんな自分なんて存在しないんですけどね。
分離しようとしていくエゴと、それを見つめる聖霊。
その間に居続けることこそが、人間というものなのかもしれません。
posted by どらっくす at 11:58| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月30日

「ACIMで行こう!」を読む。おめでとう、ありがとう。

「ACIMで行こう!」を読む。


ACIM?いったいなんだろう?と思いつつも、なぜか読み始めてしまった。不思議なこともあるものである。
読み始めてすぐにACIMが「奇蹟のコース」のことなのだと書いてあった。なるほど、奇跡のコースは知っている。
以前にも関連の本を読んだことがあるし、その時はすごく勉強になった。
ということで、わくわくして読み進めていく。

ようは、ACIMを学んでいく主婦の体験談なのだけど、奇跡のコースとはいったいなんなのか?ということがわかったような気がする。
わかったような気がするどころか、何か少しだけ、自分自身が変わったような気すらしている。
つまりまあ、変わったからこそ、ブログを書こうという気分も出てきたのである。
完全にスランプに入ってしまったというか、何を書いたら良いのかわからない、そもそも書くことに何の意味があるのかわからない、という日々がここのところ続いていた。
ああ、ブログ……まあいいか。
そんな日々だったわけである。

それが「ACIMで行こう!」を読み終えて、また書くかという気持ちになった。
ACIM的に言えば、聖霊に書くことに対する不安を捧げ赦したら、また書く方に聖霊が導いてくれた。といったところだろうか。
まあなんでもいい。
そう、なんでもいいのである。
この「なんでもいいや」という感覚で生きていくためには、自分という存在が非常に邪魔である。
どうにか自分が消えてくれないかなと思っていたら、仏教の本に「そもそも自分なんてものはいない」と書かれていて、「え?マジかよ!やったぜ!!」なんてガッツポーズしたものである。

そういうわけで、立ち止まることなんてないのではないだろうか?と思っていたのだけれど、結局立ち止まってしまっていたのが最近。
良い時もあれば、悪い時もある。
時の流れの中で、一冊の本との出会いが流れを変えてくれることもある。
変わったのではないかもしれない、時の流れに乗るのをやめることを思い出したのだ。
なにしろ時は流れていないんだし。
時間は過去に向かって流れているわけではない、今にすべてがある。

余談だが、苫米地英人さんの天才的な発想によって、この感覚はすごく理解しやすくなった。
苫米地さんはまず、時間は過去から未来ではなく、未来から過去に流れているという話をした。
それが十分に浸透したところで、こそっと本当はどっちにも流れていないんだけどね。という本も出したのだ。
でも大体の本には今も未来から過去という話が書かれている。
人間、流れていると思っていたものが流れていないと言われると理解しがたいが、流れが逆と言われるとすんなりと理解できる。
そして逆に流れることもあると知れば、まあ流れてないってこともあるか、と納得もできるのである。
流れていないというか、渾然一体となっているのだろうというのが想像できる。余談終わり。

そういうわけで、なるほどつまりすべて赦していくことができるのだなということを学ぶことができた。
そうして嫌な気持ちになる度に許し続けていたら、ブログを書く気持ちが出てきたのである。
自分もいない、なら他人もいない。
ここには誰もいない。
だったら何をする?
それが書くだった。
これもまた聖霊の導きなのだろう。
ありがたや、ありがたや。

ありがたいのかどうかはわからないけども。
そうそう、読みながら頭の中にエヴァンゲリオンの最終回のイメージが出てきた。
例のおめでとうおめでとうのシーンである。
おめでとう、と言われたら、ついついありがとうと言いたくなってしまう。
すべての物事に先んじておめでとうと言ったら、ありがとうが返ってきてしまうかもしれない。
ここにおめでとう教が誕生したのである。
おめでとう、ありがとう。
posted by どらっくす at 10:13| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

「邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相」事件のことは知っていても、中身までは知らなかった。

NETFLIXで「邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相」を見る。
NETFLIXのドキュメンタリーはおもしろいものが多いですが、これもまたとてもおもしろい。いや、おもしろいというのは少し不謹慎かもしれない。

一度見だしたら最後まで見てしまう魅力がある。
爆死のシーンも映るので、そういうのが苦手な人はやめておいた方が良い。
人が死ぬのを見て、気分が良いという人はあまりいないだろうし。
映像が残っているのも驚きだけど、当時は全米で中継されたらしい。

自分の中では、首に爆弾を巻かれて、無理矢理銀行強盗をさせられた挙句、殺されてしまったという事件だと認識していたが、このドキュメンタリーを見てそんな単純な印象はぶっ飛んだ。
これほど入り組んだ人間関係の中で起こった事件だとは、まったく思っていなかった。
真実が何なのかはわからないまでも、浮かび上がってくるものの中に真相はあるのだろう。
あまりにもおもしろかったので、事件についてネットで調べてみたが、日本語でわかる情報であるならば、このドキュメンタリーが一番詳しいものではないかと思う。
事件のあらましを見て興味がわいたら、このドキュメンタリーを見ればバッチリである。

事件が起こったのが2003年。
そこからこれだけ長い間取材を続けるというのは、並大抵の気力ではなかったと思う。
ドキュメンタリーというのは、もちろん撮り始める段階で、ある程度答えを決めてから撮り始めるのだろう。
しかし、長期間になればなるほど、映像が溜まれば溜まるほど、真実からは遠ざかっていくようなに感じるのではないだろうか。
最終的に、一つの作品として成立するために重要な証言を得ることができたのは、製作者の執念の賜物であろう。

だが、その証言すらも、おそらくは少し疑っている部分もあると思う。
最後のテロップの意味は、そういうことなのではないかと感じた。
結局のところ、何が真相なのかは、見た人間がそれぞれ推理すればいい。
一つの事件を追ったドキュメンタリーとして、抜群におもしろい。
見る側としては、それだけで十分なのだから。
点数をつけるなら85点。

こういう真相であって欲しいけど、確たるものは得られなかった、という製作者の無念さも感じる。
誰がやったのかはわかっていても、なぜ起こったのか?そこで本当に何が行われたのか?を知ることは難しい。
人間は嘘をつく。
自分の身を守るため、自分の行動を正当化するため。あるいは、本当に頭が狂っていることもある。
だが、嘘ほどおもしろいものもない。
他人が作り込んだ嘘を見ることで、何か真実を発見した気になることはたのしい。
自分が巻き込まれていなければの話だが。
posted by どらっくす at 21:24| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

「OCD〜メンタル・クリニックは大騒ぎ〜」を見る。明日は玄関の鍵を閉めたかが気になりそう。

「OCD〜メンタル・クリニックは大騒ぎ〜」を見る。
日本語吹き替えで見ましたが、どうやらスペイン映画のようですね。

内容としては、強迫性障害を抱える人たちがクリニックに来たのだけど、医師の到着が遅れていて……。
という感じでした。
ここまで極端ではないにせよ、自分も強迫性障害的な部分があるんじゃなかろうか?という気分になりました。
この映画では、行動として出てしまっている人たちが登場します。
あっ、真面目な映画ではなくて、コメディ映画ですね。

深刻に悩みを解決していこうというよりは、なんとなく流れでお互いの行動や癖をうまい具合に解決できないかな?という風になっていきます。
最後まで見ると、なるほどなと納得できる部分もありますね。
どちらかというと小品的で、空いた時間にちょっと見てなかなかおもしろかったな、というタイプの映画です。
それぞれの症状、例えば潔癖症であったりとか、そういうのを見て影響されちゃう人は、見るとソワソワしちゃうかもしれません。
家の鍵とか、ガスとか、そういうのが気になるやつなんかは自分はもろに影響受けちゃいますね。
明日は、すごく気にしてしまいそうです。

あと、毎日のように、すごく不安になった時に「でもいずれ死ぬし」と確認して少し落ち着くということをしているのは何かの障害なんでしょうか?
それはまた別の病気かもしれませんね。
ネットを開いて「あれ?何を調べようとしてたんだっけ?」なんてこともあります。
それはただの物忘れです。
今も明日の天気を調べようとして、Google検索のところでしばらく考え込んでしまいました。
明日の天気を調べるか、映画の感想を書くか、どっちかに集中しなさいよ。ほんとに。

ついでにこの映画の情報も調べようとしたんですが、まったく出てこないですね。
原題と思われる「toc toc」で調べても、海外のサイトが多少出てくるぐらいです。
NETFLIXのこういう海外のよくわからない映画を持ってくるセンスは好きです。
いかにもB級という雰囲気ではなくて、サラっと見ることのできる作品でした。

点数をつけるなら72点。
期待して見るとそれほどでもなく感じ、期待しないで見るとおもしろい。
それぐらいのちょうど良い映画でした。
posted by どらっくす at 01:57| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月30日

「クィア・アイ」を見る。5人のゲイのおかげで人生をポジティブにとらえる人間に変わっていく。

「クィア・アイ」を見る。

見るものがたくさんあるけど、何を見たものか?とわからなくなってしまいがちなNETFLIX。
そういう時は、オリジナルコンテンツを見るようにしてます。せっかくNETFLIXに登録しているわけですしね。
NETFLIXはドラマももちろんおもしろいんですが、アメリカのバラエティ番組的なものもおもしろいんです。
そんな中で、たまたま見たのが「クィア・アイ」でした。

どういうわけだかNETFLIXは同性愛関連のものがわりとあったりするんですよね。
今のアメリカはそういう流れが強いんでしょうね、日本にいてもなんとなくは感じますけど。
内容はゲイの5人組「ファブ5」がださい男を改造してかっこよくする、というものです。
自分としては、ファッションにあまり興味がないので、楽しめるか不安だったんですが、見ていて人生観が少し変わりました。
ファッションに興味がない、というのは、自分自身を守るための言い訳に過ぎない。
部屋が汚い、も同じ。
そういうことをゲイたちがやさしく教えてくれます。きついジョークもあったりしますけどね。

まだ3回までしか見ていませんが、毎回涙ぐんでいます。
服をオシャレにして、部屋を綺麗にする。
その体験を通して、人生そのものを諦めていたような男性たちが見事に変わっていくんです。
出てくる男性たちが自分にすごく重なるんですよね。まあ、わりと金持ちそうなところはだいぶ違いますけど……。
そういう人たちが、目に見えて明るくなるのを目の当たりにすると、自分も変わることができるんじゃないかな、という気がしてくるんです。

いや、実際見てからちょっと変わってきてますね。
ちょうど他にも読んだ本の影響であったりとか、色々と自分の気持ちが上がってくる要因はあったんですが、クィア・アイの影響も確実にあります。
人生をポジティブにとらえられる。
そういう作品ですね。
点数をつけるなら85点。
早く次のシーズンが決まると良い、と思ったら、もう決まっているようです!
これはたのしみだ。
posted by どらっくす at 11:31| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月26日

「未来を動かす バシャールが新たに語る、「最高の人生」にシフトする方法。」を読む。不安こそが自分自身を知るチャンス。

「未来を動かす バシャールが新たに語る、「最高の人生」にシフトする方法。」を読む。
以前にもバシャールの本は何冊か読んでいます。
記事を書いたのは一つだったのかな。

ワクワクはパンの香り。-人生に奇跡を起こすバシャール名言集

バシャールというと、とにかくワクワクすることをやろうというメッセージを送り続けている人……、人なのか?
そうバシャールというのは、人ではないんですよね。
宇宙人?次元人?とにかくそういう得体のしれない存在です。
ダリル・アンカという人と繋がっている、チャネリングする存在。チャネリングって、どういう使い方をする言葉なんだろうか?
よくわかりませんが、とにかくそういう精神的な存在的なアレです。
先日読んだ「バーソロミュー」にも近いものがありますね。
「バーソロミュー: 大いなる叡智が語る愛と覚醒のメッセージ」を読む。怪しい中にも、学びはある。


ワクワクすることをする、というのは簡単なようで難しく、難しいようで簡単なことですね。
どういうことなのかが、いまいちわかりません。
簡単なメッセージであるほど、実践するのは難しかったりするものです。
今回読んでいて気がついたのは、ネガティブなものは恐れるものではないということですね。
身近なもので言えば、不安と言っても良いかもしれません。

不安の中にあるのって、たいていは自分自身の評価の低さなんです。
できないかもしれないから不安になる。
明日のテストで0点取ったらどうしよう、みたいな。
知識がないことが知られたら、みんなにバカにされてしまうかもしれない。
そういう不安があって、勉強しようとするんだけど、不安が気になりすぎてうまく頭に入って来なくなる。
なんだかんだとやっている内に、まったく違うことをしてしまって、勉強のことなんて忘れてしまっている。
違うことをやる動機が不安から始まっているから、違うことにも集中できない。
結局、何もできなかった……。
ますます自己評価が下がっていく。

そういうループを防ぐためにも、ワクワクからすべてを始めていくことが大事なんですね。
やっていくことすべてで、自己評価が上がっていく。
自己評価が上がれば、ドンドンいろんなことをやる気も出てくる。
人生が楽しくなっていく。
やったぜ!
というわけです。

不安は、むしろワクワクへの道しるべだと考えれば良いのです。
勉強しなくちゃの理由が「みんなにバカにされてしまうかもしれない」だとしたら、本当にそうなのかを考えてみる。
そうすると、そんなことはないことに気が付けるでしょう。
そもそも勉強しないからといってバカにしてくるような輩は、自分の人生に必要あるとは言えないでしょう。
勉強をしなくても、愛してくれる。そういう存在こそが必要な存在なはずです。
それがわかった上で、もう一度勉強というものを見つめてみる。
すると、純粋な興味から「これはどうなっているんだろう?」という視点が現れる。
ワクワクして始まった勉強が、頭に残りやすいのは、みなさん体感でわかっているはずです。

不安を覚えた時ほど、そこにワクワクが眠っているチャンスを見つけることができる。
そう考えれば、不安は怖いものではありません。
むしろ自分自身を知るためのヒントですらあります。
マイナスの感情は、自分はその域に達していない、と感じた時に起こるものです。
解決するのは簡単で、自分はその域に達している、と思えば良い。

お金がある人が妬ましいのであれば、自分はお金を持つのに相応しくないとどこかで感じているのかもしれません。
ネガティブな感情を持った時ほど、その奥に潜んでいる自分自身の感情を見つめ、大声で言ってあげる必要があるのです。
「そんなことはない。お前は凄い!」
posted by どらっくす at 09:44| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月28日

ニコニコプレミアムをやめる。

ニコニコ動画のプレミアム会員をやめることにしました。
何のエラーなのかはわからないですけど、ここのところ生放送をすることができないことが度々ありまして。
今日に限ってなんだか、もういいかな。という気持ちになってしまったんですよね。
ニコニコ自体を使わなくなるということはそうそうないと思いますが、さすがにちょっともうプレミアムでいる意義を感じなくなってしまいました。
ニコニコ側が悪いとも限らなくて、こっちの環境が悪い可能性もあるので、どっちが悪いかはわかりません。
ただ、放送できるかどうかわからないという状態が続いていると、せっかく話すことを考えても無駄になったりするし、なんかもう疲れちゃったんでしょうね。
そもそもここ一週間ぐらいの精神状態はかなり悪いので、そういう影響もあるのかもしれません。
そのうちまたプレミアムになることもあるかもしれませんが、とりあえずは一度離れてみることも大切かと思います。
posted by どらっくす at 23:48| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ダレン・ブラウン:ザ・プッシュ」流されるままに屋上に座る人の背中を押してしまうかもしれない。

「ダレン・ブラウン:ザ・プッシュ」を見ました。NETFLIXオリジナル作品です。
いやあ、ちょっと衝撃的な作品でしたね。
自分の行動は、自分で決断して決めている。
当たり前のように思えますが、本当のところ社会の流れの中で身を任せているだけかもしれない。

ザ・プッシュ、一体何を押すのか?
答えは“人”です。
人は社会的に追い詰められた状況になった時に、屋上に座る人の背中を押せるのか?
つまり人を殺せるのか?というテーマで作られた作品です。

とにかくそのために仕掛けられている仕掛けが尋常じゃないくらい細かい。
そして、人の心理の動かし方をメンタリストがここまで逐一説明してくれる作品もそうそうないでしょう。
よく心理テクニックとして、YESを3回引き出せばその後もYESと言ってくれやすい、なんていうことが言われますが、ここまでおおがかりにやることが必要なのかもしれません。
YESと言わせることが大事なのではなくて、YESと言ってしまう状況を作り出していくということが重要だということなのでしょう。

この実験がどうなったのかは見ていただくとして、ここまでおおがかりに騙しに来られたら、自分はNOと言える自信がないですね。
ドッキリを見ていて、気がつかないわけないとか思うじゃないですか。
でも、あれって、ドッキリだと気がついたとしても言えないということも含めて考えたら、騙されるしかないという状況も出てくるわけです。
ましてや、完全に騙されるだろう状況に入ってしまった場合に、何かおかしいという考え自体が頭から消え、流されるままに相手の言うことに従うようになってしまう。
人間はそういう習性を持った生き物なんでしょうね。

他人のいう言葉が、正しいように感じたとしても、NOと言える人間になること。
自分の頭で考えることの大切さを教えて貰えました。

……なんて、そう結論付けるのは早すぎるとも思います。
そもそもこの作品で行われたことは、本当に行われたのか?
この作品自体が、見ている人間を操るために仕掛けられたものなのかもしれません。
自分の頭で考えているつもりになっていたとしても、本当に自分の行動を自分で決断していると言い切れるでしょうか?
NOと言える人間になろうとすること自体が、かえって自分自身を危険にさらすことになる可能性だって十分にあります。
本当に恐ろしい作品ですね、この世の何もかもを疑いたくなります。
posted by どらっくす at 04:19| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

日本カーリング女子銅メダルを見てから、イギリスの最後のショットの意図を考えていたら二時間経っていた。

カーリング女子、銅メダルは興奮しました。
最後のショットはイギリスのミスということでしたが、いまいちわからなかったので何度も映像を見ながら考えてました。

まずイギリスはなんでふわっと真ん中に入れてこなかったのかをかんがえて見たんですが、日本のストーンが絶妙に手前にあって邪魔。
弱いショットでミスした場合に、日本のナンバースリーストーンを押し込んでしまう可能性もある。
単純にリンクの状況から真ん中で止めるのが難しいというのもあったのかもしれません。
ということで右から巻いてふわっと真ん中に入れる選択肢はなくしたのかなと思います。
まあちょっと納得しかねる理由ですが、実際のショットは強めに投げていて、そのことを解説も意外に思っていなさそうだったので、おそらくそれが普通のことなんだろうなあ。と、改めて見直してみると。

その前の日本のショットもミスショットで、ほんとうはイギリスのナンバーワンストーンにくっつけるような感じで置くつもりだったのに、手前にあった自分たちのストーンに当たってかなり隙間ができて止まってしまった。これがイギリスからしたらかなりのチャンスだったのでしょう。
試合後インタビューでも藤澤選手は「負けたかなと思った」と言ってましたし、イギリスも十分成功できるショットだったんだと思います。
つまり単純に成功する可能性が高いショットが、ふわっと置きにいくショットよりも、強く投げて相手のストーンをはじき出すショットだということで、イギリスは後者を選んだのでしょう。

狙いとしては、ナンバーワンストーンになった日本の石が、本来ならそのまま右下に抜けていくというものだったのだと思います。
最初はネットで言われていた、ナンバースリーストーンを左側に抜けさせるもので考えてみていたんですが、専門家の記事や選手インタビューを確認した結果、投げた石が思っていたよりも外側に当たってしまったということでした。外側に当たったということは、左に抜けさせる目的で投げたわけではないということですね。
当たった場所がほんの少しだけ外側にずれたため、ナンバースリーストーンがナンバーワンストーンに当たった角度が悪く勢いが弱まり、結果として真ん中で止まってしまったということなのでしょう。
狙い通りであれば、右下に抜けていたのでしょうし、実際ナンバースリーストーンの軌道自体は右下に行っています。

ナンバーツーストーンが左下に大きくはじきだされていますが、本来であればナンバーツーとナンバースリーは同じくらいの距離、あるいはナンバースリーストーンの方が遠くにはじき出されるはずだったのでしょう。
狙ったよりも外側に当たったため、ナンバースリーストーンがナンバーワンストーンに厚く当たってしまった、それで力がナンバーツーストーンの方に逃げてしまった。
結果としてナンバースリーストーンがど真ん中に止まる。
ということになってしまったんだと思います。
おそらくほんとに数センチ、下手したら数ミリのズレで結果はイギリス勝利に変わっていたでしょう。

内側に入る分には、ナンバースリーストーンがそのまま下に抜けていってエクストララウンドにいくだけですし。
よりにもよってちょっと外側に入ってしまって相手に勝利を与える結果になったということで、ミスショットとしか言いようがないのでしょう。
ただ、単純にミスをしたのかというとそういうわけではなくて、狙いとしては完璧、ショットも悪くはなかった、だけど思ったように飛ばなかったという、ミスはミスなんだけど、神さまに見放されたような出来事ではあったと思います。
エクストラエンドにかけるという手に関しては、どっちが勝つ可能性が高いかを考えたら、圧倒的にイギリスが選んだショットの方が勝つ可能性が高いでしょう。
結果の見栄えからすれば、ど真ん中に日本のストーンが止まってしまっているので、エクストラエンドにかけた方が良かったんじゃ?と思ってしまいますが、実際のストーンの軌道を見れば、ほんのちょっとの力の加わり方の加減で日本が負けていたということがわかります。

これが正解かどうかまではわかりませんが、ここまで考えたのでよしとしよう。
たぶん二時間くらい考えてました。疲れた。
こういうことを数分の間に考え、決断していく。改めて選手たちの凄さを感じました。
見た目よりも、カーリングはハードなスポーツですね。
posted by どらっくす at 15:48| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

「プリンセストヨトミ」を見ました。設定はとっちらかっているが、綾瀬はるかさんはかわいい。

「プリンセストヨトミ」を見ました。


「本能寺ホテル」がわりと好きだったので、同じ監督の「プリンセストヨトミ」もついでに見てみました。
うーん、まさかシュールなコメディだったとは思いませんでした。
全員が真面目な顔で、よく考えたら笑えることをし続けているという映画ですね。
なんとなく本格サスペンス的な宣伝がされていたと思うんですが、真面目な気持ちで見に行ったら騙されたと思うでしょう。

全体の雰囲気としては好きだったので、この監督はわりと好みなんだと思いますが、意味ありげに出てくる割には特に解説もないことがちらほらあって、話に絡んできている感じもないし、いったい何なんだろう?という気持ちになります。
映画内で回収しないなら、設定だけポンと出されてもねえ……。原作を読めということなのかもしれませんが。
いや、原作で回収されているのかも知りませんけど。

そういう細かい部分も、コメディの味付け程度に許していけば、それなりにたのしめる映画ですね。
あとは綾瀬はるかさんのファンもたのしめるかな。映画の中の清涼剤としてそれなりに活躍してくれます。
特にお好み焼き屋でひたすらおかわりし続けるところはかわいかったな。

店主の中井貴一さんを見張るためにお好み焼き屋で食べ続けているんですけど、
「ミックス焼きをお願いします」
と注文した時に、見張られているのを察した中井貴一さんに、
「無理しなくて良いですよ、ゆっくりしていってください」
と言われるんです。
それに対する答えが、
「わかりました。じゃあ、ねぎ焼きをお願いします」
意味がわからなくて最高にかわいかったです。ゆっくり=ねぎ焼きなのか?
その後の中井貴一さんの表情も最高。

原作はもしかしたら本格歴史ミステリーだったのかもしれませんが、それを多少凝った謎のあるシュールコメディ映画にしてしまった手腕が素晴らしい。狙ってやったのかどうかは知りませんが。
話を映画内にまとめるという意味では、とっちらかってしまった印象もありますが、綾瀬はるかさんが好きになったという意味では成功の映画ではないかと思います。
ちょっと綾瀬はるかさんの出てる映画をいろいろ見てみようかな。
posted by どらっくす at 21:55| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ゼロ・グラビティ」を見る。映像が凄すぎて、酔う。

「ゼロ・グラビティ」を見る。


おそらくもう見返すことはない。
つまらないとか、そういう次元の話ではなく。単純に酔ったからである。
それほどに無重力表現が優れていたということでもあるのだろう。
おそらく映画館の大画面で3Dバージョンを見たら大興奮間違いなしの映画。
それでも、見なくて良かったという気持ちになるのは、2Dですら酔ったのに、3Dなら確実に立ち上がれないほどに酔ったであろうからである。

スピード感あふれるシーンや宇宙空間という広いのに閉塞感溢れる場所。
思わず息を止めてしまうほどであった。
この映画を見てから、宇宙に行きたいと思う人がいたら頭がおかしいのではないかと思う。少なくとも私は絶対に行きたくない。
ずっと息詰まるシーンばかりなので、ちょっとくどいような気もする。

素晴らしい映画というよりは、素晴らしいアトラクション。
映像だけでも、これだけたのしませてくれるのだからたいしたものである。
ただ、酔うものは酔うわけで、これは一般的な人は大丈夫だとしても、酔いやすい人間は避けた方が良い映画である。
宇宙空間を孤独に漂ってしまう静かな映画を想像していたが、まったく違うタイプの映画だった。どちらかというとうるさいタイプである。音は忘れてしまったけど、視覚はうるさい。

酔ってしまうともう映画をたのしむとかそういう話ではなくなってしまう。
もしかしたらふんだんにCGが使われている点も酔いに一役買っていたのかもしれない。
思ってたのとちょっと違うっていう部分も含めて、ちょっとたのしみきれなかった映画ですね。
また見たい気持ちはあるけど、酔いたくない気持ちの方が強いので、たぶん見ないです。はい。
酔わない人にはなかなかわかってもらえない気持ちなんですけどね。
posted by どらっくす at 07:16| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NEXUS9を横画面で使ってみたら、今までよりも挙動が良くなった。

NEXUS9のchromeがやたらに重かったのだけど、もう三年も前の機種だし、そんなもんかなと考えていた。
突然重くなったわけでもなく、気がついたらなんとなく重くなっていった感じだったし。
他の動作もたまに重くなったりしていたので、古くなっちゃったせいなのだろうと。

ところが、横画面にしたら急に軽くなった。
今まで三年間、ほとんど縦画面で使ってきたのだけど、横にしたらスルスル動くようになった。
理由はまったくわからないのだけど、おそらくchromeは上のバーが広くなる分、描画範囲が少し減るからなのだろう。

chormeの挙動が良くなったおかげなのかはわからないけど、本体動作もなんとなく安定したような気がする。
縦画面のゲームを起動すると途端に重くなったりするので、縦画面の描画に何か問題があるのかもしれない。
あるいは、もしかしたら自分の個体固有のエラーだったりするのかもしれない。

とはいえ、理由はわからなくても良い。
買い替えるかどうか悩んでいたが、まだしばらくは問題なく使えそうなので嬉しい。
たまに縦持ちで読みたくなる時もあるし、kindleでマンガを読むときにかなり小さくなってしまったのは残念だが。その分、見開きでは読めるようになったと考えよう。

はたして再現性のある出来事なのかどうかはわからないが、もし縦画面で使っていて挙動が重いと感じている方は、一度横画面にして使ってみてはどうだろうか。
posted by どらっくす at 06:23| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

「ボクたちの交換日記」を見る。原作と監督の意図が合ってないのでは?

「ボクたちの交換日記」を見る。


芸人が交換日記を通してコンビ愛を深めていくところまでは好きだったが、後半はちょっと陳腐に感じた。
この映画の作りであれば、普通の生活の延長線上で終わりを迎えた方が自然であり、後半はいくらなんでもやりすぎである。
もちろん年齢的に言えば起こりえないことではないのだろうけど、ドラマ性を高めようとしてかえって失敗してしまっている。
そのせいで別れた二人が再会するというクライマックスがぼやけてしまっている。
何に泣けば良いのかわかりづらく、もったいなく感じた。出そうになった涙も引っ込んだ。

前半と後半で、別人が書いたんじゃないかと思う。
それぐらいに何かちぐはぐなものを感じた。
芸人の描写など良いところもたくさんある分、なんだか惜しい映画だと余計感じてしまった。
監督はウッチャンこと内村光良さんということで、たぶんウッチャンはやさしい人なのだと思う。
ただ、そのやさしさが、この映画をあとちょっとの映画にしてしまっている。
かといってやさしい映画にもなっていないのは、おそらく原作の鈴木おさむさんがそういう意図で書いていないからなのであろう。原作は読んだことないけど。

どっちも素晴らしい才能を持った人だと思うし、芸人である内村さんがこういう映画を撮りたいと思うのもなんとなくわかるような気がする。
でも、やるのであれば、どちらかによって押し通さないと、最終的になんだかぼやけた印象になってしまう。
シーンによっては泣けるのだけれど、映画としては泣けないものになってしまっていました。
良いところもあるだけに、見終わった後のがっかり感も大きくなってしまう。
そんな映画でした。
posted by どらっくす at 04:37| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

ブラックリストシーズン4を見終わる。

「ブラックリスト」のシーズン4を見終わる。
これまでのシーズンよりも夢中で見たので、見終わるのが早かったです。シーズン5はいつごろ配信開始されるかなあ。
笑いの基本は緊張と緩和、なんてことが言われますけども、物語の基本は信頼と裏切りなのかもしれません。
シーズン4では、レッドが裏切りによってどんどん追い詰められていくのが見どころでした。
まさか、ここまで追い込まれてしまうレッドを見ることができるとは……。
もう見ていてほんとにたのしかった。

ただ、残念なのは裏切った側は今後はもう出てこないだろうということですね。
もちろん海外ドラマなんで、なんだかんだ理由をつけてなかったことになる可能性もあるかもしれませんが、かなり難しいでしょう。
自分の中でお気に入りのキャラだったので、そこは残念です。

終わり方としても謎は解けたような解けていないような、ちょっともやっとした部分が残る終わり方だったので、シーズン5が早いところ日本で配信開始されることを期待しています。
もうアメリカではやってるみたいなので、またしばらくすれば配信されるでしょう。
もちろん、キャラクターたちの関係性、そこに含まれている謎が明かされることも期待しているんですが、単純にドラマとして見ていて気持ちが良い。
ずっと見ていても飽きないのが良いですね。
posted by どらっくす at 20:31| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

氷の上を飛んだり回ったりしながら滑る競技を見た。

フィギュアスケートのことはよく知らないけど、なぜだか見てしまうというのが不思議なもの。オリンピックの魔力でしょうか。
羽生選手は素晴らしい演技でしたね、特にジャンプの姿勢が素晴らしく見えました。ミスもありましたけど、ショートも含めて納得の金メダルという印象。
ただ、自分としては宇野選手の方が好印象でした。
どこかチャレンジングな姿勢を感じるというか、羽生選手が王者の滑りだったのなら、宇野選手はチャレンジャーの滑りだったように感じました。

フィギュアスケートのことはよく知りませんが、今日は羽生選手が勝ったけど、明日は宇野選手が勝つかもしれない。それぐらい拮抗した実力であったのではないかと思います。
羽生選手が上回っていたのは、気迫でしょうかね。後半疲れたようにも見えましたが、最後まで滑りとおした。
技術ももちろん凄いのだろうけど、絶対に金メダルという強い思いを感じました。
宇野選手は、最初のジャンプで失敗した時点でうまく切り替えたように思えましたね。あそこからは生き生きと滑り出したように感じました。

んで、そこからの宇野選手の滑りがすごく自分の中ではよくて「羽生しか知らなかったけど、この宇野って人も凄い」となってしまいました。
まあなんだろう、違った良さなんですけどね。
羽生選手はちょっとふわっとした感じなんだけど、宇野選手はもっとクリーミーな感じで。
どっちが良いものなのかは自分にはわかりません。

勝負の流れとしても、順番的に羽生選手は金メダルを取りやすい順番だったのではないかな。
金メダルに愛される人間というのもいるのでしょう。

氷の上を飛んだり回ったりしながら滑る。
そこに美しさを見出すことが大事であって、メダルの色がどうかというのを、見る人間が気にするのも。
なんだか変な話なのかもしれません。
posted by どらっくす at 03:48| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

「真・快傑蒸気探偵団」ぬぐい切れない未完の香り。

「真・快傑蒸気探偵団」という作品を読む。
麻宮騎亜先生の作品で、アニメ化もされているヒット作……ではあるんだろうけど、なんとなく印象は薄い。
なんとなく読んでみたら結構面白くて、最後まで読み終えてしまった。
特に、街の雰囲気とメカの描写は美しい。

ストーリーは最後まで読んでも微妙に完結していないというか、察することはできるけどすべての種明かしはしていないというところで終わってしまった。
Amazonの感想を見ると、第二部の準備が進められているとのことだったけど、その書き込みの日付が2004年。
10年以上経ってしまっているので、おそらく頓挫してしまったのでしょう。残念。

後半に進むにつれて、主人公である鳴滝くんよりも、怪盗であるル・ブレッドの方が気になってしまう。
どっかのタイミングで鳴滝くんの物語としてよりも、ル・ブレッドの物語として終わらせようと作者が決意したようにも感じた。
ラストエピソードの手前で終わってしまったような印象で、もやもやが残りますがエピソード一つ分くらいとは言え、マンガにすればそれなりの巻数になるだろうし。
そこまでのヒット作ではなかったということなんでしょうね。実に惜しいなあ。

アニメの方も見てみたいと思ったんですが、現状では見るにはレンタルDVDが一番楽そうですね。
BOX的なものは発売されていないようですし、単巻で買うと40000円以上かかってしまいます。
さすがにちょっと見てみたいな、ぐらいの人間にはハードルが高すぎる。

全体的にはわりと好きなタイプのマンガでしたね。
キャラもかわいいし、背景やメカ、服装などの雰囲気にも細かく気が配られている。
終わり方が少し残念でしたが、ここはまあどうしようもない部分もあるでしょう。
今から第二部が始まるという可能性は低いかもしれませんが、わずかな望みにかけてみようかと思います。
まあ実際始まってしまったら、読まないような気もしますが……。
posted by どらっくす at 19:40| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

体重計より鏡を見る。

体重があまりにも増えすぎてしまったので、ここ一週間ぐらいダイエットをしてる。
あんまり変動はないんだけど、なんとなく自分で食事量をコントロールできるようになってきた。
まあ、だからといって痩せていっているわけではないし、太っていっている感じもしない。現状維持。
それぐらいで良いのではなかろうかとも思う。
現状維持をしながら、少しずつ変わっていく。見えていないところが、少しずつ変わっていってくれているはず。
信じてるだけですけどね。

情報を集めれば集めるほど、どういうダイエットをしたものか?と悩んでしまうわけですが、結局のところ痩せるというよりも良い感じの体型になってくれたら良いので、ちょっとずつ試しながら良さそうなのをやっていってみます。
タンパク質は多めに摂ってますね。よく言われているようにタンパク質は大事ですし、経験上もタンパク質は多めに摂っている時の方が痩せる気がします。

いろいろと調べていった結果として、体重計の数値は気にしないことにしました。
まあ、たまに乗りますけど、それは過剰に増えたりしていないかを確認する程度です。
一番大切なのは、自分の体がどう変化しているか?ということであって、体重ではないんですよね。
良い体になっていっているか?を気にしていれば、体重の多少の増減なんかは気にする必要がない。
体重計よりも鏡を気にしろ。
という言葉を見つけました。
体型を気にするのなら、数字ではなく体を気にした方が良いというのはそのとおりなんじゃないかな。
体型が良くなれば、痩せる必要すらないですからね。何言ってるのかわかんないですけど。
とりあえず、計算通りやってみます。
posted by どらっくす at 06:25| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

「グレイス&フランキー」きちんと現実逃避をする。

NETFLIXで「グレイス&フランキー」というドラマを見まして。
まだ一話終わったところなんですけど、なんですかね……。
いい年した人間がですよ、終わった後にちょっと涙が止まらなくなってしまいましたね。
話としては、熟年夫婦二組の夫同士が実はゲイで、結婚したいから別れてくれと言われるところから始まるんですよ。

それでまあ、奥さん同士はお互いを良く思ってなかったんだけど、夫がビジネスパートナーだから仕方なくある程度の付き合いをしていたぐらいの関係で。
んで、家にいてもしょうがないからって、お互い家を出て別荘に移るんだけど、そこで鉢合わせちゃうっていう。
ようはその別荘も、夫たちの会社の資産みたいなものみたいで、両方の家族が使ってる状態。

ちょうどいいっつって逃げ出した先が、あんまり快く思ってない人と鉢合わせちゃったもんだから、お互いちょっとパニックになっちゃうんですよね。
片方がゴリゴリの主婦って感じで、もう片方はヒッピーみたいなんだけど。揉めちゃって。
ヒッピーの方が「わかった、わたしが出ていく」つって出てっちゃう。出てくっていっても近くの砂浜で、変な儀式みたいなことしてるのよ。
んでまあその儀式に途中からもう片方の奥さんも参加しだして、朝までラリっちゃうという。

なんだろう、その受け入れきれないようなことが起こってしまった時に、きちんと現実逃避するっていうのが、なんだか自分にはないことだなと思って。
砂浜で、波とか空とかすごいキレイで。
うわあ良いなって、まあそこからちょっとしたら一話は終わっちゃって。
終わったなあ、寝るか。って横になったんですよ。

だけど、見てる間に変なスイッチみたいのが入っちゃってたんでしょうね。
全然眠れなくて。
代わりに、つらかったこととか、悲しかったこととかがブワーっと出てきちゃって。もう涙が止まらない。
号泣してるってほどではないんだけど、涙が出てきちゃってて。
考えてみると、泣くことを我慢することを、なんとなく強いられるじゃない?
それこそ、男が泣いて良いときは……、みたいなさ。

だから、ちゃんと泣くことってあんまりないんだよね。
一人だから泣けるっていうのもあると思うんだけど、涙が止まらなかったのはそれだけじゃなくて。
泣くべき時に、ちゃんと泣いてなかった。
もっといえば、怒ったりとか、楽しんだりとか。そういう部分をしっかりとやってなかったのかなと思う。
まあ、もともと情緒が安定している人間ではないから、寝ようと思った時にたまにバーッと涙が出ちゃうことってあるんだけど、今回はわりとはっきりとドラマに引きずられたなと。

なんだろう、半端じゃなくて。それこそ記憶を失うぐらい飲むとか、喧嘩をするとかさ。
そういうある程度やっちゃいけないよな、っていうラインを越えて逃避することって、今までの人生で考えてもあんまりない。
「グレイス&フランキー」を見てたら、なんかわけわかんない飲み物と鎮痛剤でぶっ飛んじゃうくらいのことはした方が、かえって楽になるのかな?っていう気がした。
一気に発散できるのかどうかは知らないけど、なんとなく今までの自分は小出しに発散しているような気がしたんだよね。
だから、もうちょっと。
大胆に、今度からは発散してみようかなと思ってます。
posted by どらっくす at 06:53| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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