どらっくすのちゃんぷる〜日記。

日記?の更新は基本的に毎日22時から24時の間くらいにしています。

2017年07月05日

だってマイブーム。

絶賛風邪が継続中。
なんとなく体が痛いので、方針を変えて薬を飲んでいます。
ドラッグストアに行くと、同じ成分だけど安い!という薬が売っていますね。
今まではあんまり買ったことがなかったんですが、なんとなく今日はエスタックイブと同じというやつを買ってみました。
飲んでみたところ、効き目に違いがあるのかどうかはわからないですが、とりあえず効いてくれてはいるみたいです。だいぶ楽になりました。

ビタミンとかは、予防にはなるかもしれないけど、治すというところではそんなに効き目がないのかもしれません。
いや、もちろん取っていた方が治りやすかったりはするんでしょうけど、頭が痛いとかに劇的に効くわけではないですからね。
辛くなってきたら普通に薬を飲む。臨機応変に対応を変えていくことが体調が悪い時の良い過ごし方なのかもしれません。

なんかこう、頑なになりすぎてしまうのもよくない気がするんですよね。
正しいやり方みたいなのを探して、それだけをやるよりも、いろいろと変えていった方が良い気がする。
どういう時でもあっても、正しさよりも、流れのようなものを意識しておこうというのが最近のマイブームですね。
あんまり最近マイブームって使わなくなってしまっていますけどね、だってマイブームイズミー。
とりあえずゆっくりと体を休めよう、なんて思いつつ。起き出してブログを書いているのであります。
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2017年07月03日

どうやら風邪をひいた模様。

どうやら風邪をひいてしまったようです。
とにかく喉が痛い。頭も痛い。
とりあえずゆっくりと寝ることにします。
夕方くらいから急激に具合が悪くなってきまして、慌ててビタミン剤を飲んだりしたんですが間に合わず。
具合は悪くなりっぱなしですね。

ここから急激に良くなってくれればいいんですが、とりあえず寝ますかね。
体を温めたいところなんですが、暑いのでクーラーはつけてしまうという、どうしたら良いものか悩みどころでございます。
とにかくビタミンを切らさないようにしていきたいですね。
そういう仕組みで体が治るのかどうかまではわかりませんけどね。

あと、アリナミンを飲んだらだいぶ楽になったので、明日また飲もう。
ここまできたらお気づきかもしれませんが、薬は飲んでいません。
具合が悪いと気がついた段階でドラッグストアに行ったんですが、なんだか薬を買う気にならなかったんですよ。
代わりに、ビタミン剤を手にしていまして「これぐらいならビタミンとってる方が良い」という判断をしました。
実際にそうなるかどうかはわかりませんけど、そう思ったのであればやってみる価値はあります。
うまいこと明日には治っててくれよー。
posted by どらっくす at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

とりあえずなんとなくでも更新してみる。

目から鱗的な話ではあったのだけど、ブログを書くときにネタはなくても良いのかもしれない。
今日ラジオを聞いていたら「何の関係もない人のブログを読むのが好き」という話が出てきた。
内容はあんまり関係ないらしく、とにかくなんとなく更新されているのを読むのが良いという話だった。
なるほど、誰かの役に立つというのは、自分で決めることは難しいのかもしれない。
自分で狙って役に立つものを書いているつもりでも「そんなものは望んでないんだよなあ」ということはよくあったりする。
だからとにかくなんでも更新してみることの方が良いのかもしれない。

思わぬところで、ブログの更新方針が出てきたのかもしれない。
とにかく更新しつづける。
役に立つとか、そういうことを考える必要なんてない。
なんとなく更新されている方が嬉しい人だっているだろう。
そういう気持ちでやっていこう。

今は「とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく」を再読しています。

ラジオの中からブログのヒントが得られたのは、この本を読んだおかげかもしれない。
posted by どらっくす at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

どうせバカなら幸せでありたい。

ここ数日は落語をよく聞いておりまして。
Audibleのおかげでいろいろと聞けております。
三遊亭円楽さんの「死神」なんてのも聞きました。以前に立川談志さんの「死神」は聞いたことがあったんです(これはAudibleじゃないです)が、人によってけっこう解釈が変わってくるものですね。
特に最後はまったく違ったんじゃないかな。
どっちも人間にはどうしようもないこともあるという風に受け止められるんだけど、無力である人間か、力があったとしても逆らえないこともある人間か、というような違いがあったように感じます。
どんな感じなのかは自分で聞いてみてください。

そんなにたいしていろいろな話を聞いたことがあるわけではないんですが、どうにも「目黒のさんま」というのが好きなんですよね。
目黒のさんまの殿様が自分に重なってしまうんですかね。良い馬鹿さ加減なんでしょう。
むかし、小さいころに「最中」という食べ物をもらいましてね。
甘くておいしかったんですよ。
それで得意げになって言ったんです。
「このさいちゅうって食べ物は、もなかみたいでおいしいね」って。

なんだかそれに通じるものが「目黒のさんま」という話にはある気がするんです。
だから殿様が妙に愛おしくてね。
うん、なんだかバカだけど幸せそうじゃないですか。
バカでも良いから幸せな方が、頭が良くても不幸せより良い気がしますね。
ただまあ、バカで不幸せな自分もいるわけで。
どうせバカなら幸せでありたいものです。


:すべからくの使い方なんて落語のおもしろさと関係ない気がしますけどね。
 変わった人もいるものです。
ラベル:Audible
posted by どらっくす at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

わたしとあなたは違う人間だ。

なんとなくAudibleで落語を聞いてみました。改めて落語の凄さを感じています。
談志さんの「代書屋」と歌丸さんの「井戸の茶碗」というのを聞いたのですけども、どっちもおもしろかったですね。
わけのわからないようなおもしろさときっちりとしたおもしろさのような違いはありましたが、素人が思わず「うまいなあ」と言いたくなるのは歌丸さんの方のような気がしました。
どちらが優れているとかではなく、同じ落語でもジャンルが違うもんだなという感じです。

たしかプロレスラーの邪道さんが言っていたんですが「客にうまいと言われるようじゃまだ二流」なんだそうです。
そういう意味では、わけのわからないうちに笑わされてしまう談志さんの実力たるや、とんでもないものがあるのでしょうね。
落語というのは人間の業を肯定するものである、なんてことを談志さんは言っていましたが、その後に平等というのは差を無くすことではなくて差を認めることなんだということも言っていて、なるほどなあという気持ちになりました。

足の速さなんかも、きっちりと順位をつけるからこそ平等に扱うことができるのかもしれませんね。
足の速いやつと遅いやつがいて、それぞれが認め合うからこそ、人間として生きる道が見えてくる。
みんなで一緒にゴールしたんじゃ、違いがわからないですからね。
僕とあなたは違うということをわかることから、人間同士の付き合いが始まり、違いがあるからこそ助け合える。
平等っていうのは、そういう助け合いの中に生まれてくるものなのかもしれません。
ダメな自分であっても、誰かと違うことがわかりやすくて良いかもしれませんね。
ラベル:Audible
posted by どらっくす at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

ちょっと足りない。

更新してもしなくても、たいしてランキングが変わっていないという事実。みなさまいかがおすごしでございましょうか?
わたくしはと言えば、特に何事もなく過ごしております。調子は悪いですが、生活は普通となっております。
いや、ひとつだけ、また部屋を片付けております。今度こそ、などという気持ちはありませんが、なんとなく少しずつ片づけていっています。

今回は本棚に収納したい本があるので、それを収納することが目的ですね。
収納できたとして、だから何だ?という気もしますが、したいと思ったのだからやれば良いのではないかと思います。
こういうことをちょっとやってみたいような気がする、程度の薄い願望であったとしても叶えようと動いてみることも大事なことなのではないかと思うのです。

少しものを動かしてみて、単純にものが多すぎるということを痛感しております。
右から左へ動かすことすらもままならないような状況ですから、多少は捨てた方が良いのかもしれませんが、とにかくまずは目的を達することからはじめてみるつもりです。
捨てるのが一番最初とはよく言いますが、そんなこと言っていたらいつまでたっても何もしないのですよ、わたくはね。
なのでもう、できることからコツコツとやっていくしかない。

どうしてもコツコツとやることが苦手だったのですが、コツコツとやっているという感覚を持たずに、やりたいことをやっているだけなんだという感覚でもってこなしていくつもりです。
積み重ねていると思ってしまうと、どうしても崩したくなってしまう性格なんです。
うまくいきだすとすぐにやめたくなってしまう。ぶっ壊したくなってしまう。
なので、うまくいっていないというぐらいの方がちょうど良いのかもしれません。
なにごともうまくいってない、体調もたいしてよくない。
それぐらいの塩梅の方が、良い塩梅なのかもしれないな。
いつだってわたくしは不完全で未完成。ちょっと足りない人間なのです。
posted by どらっくす at 04:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

中心が何なのか。

あれだけ毎日更新していたのに、更新しなくなると忘れるものですね。
たまには更新してみるか、という気持ちどころか、そういえばブログがあったような気がする。なんていうぐらいになってきました。
だいたい、そんなに毎日なにを書いていたというんですかね。

ここ最近、あまり本を読まなくなっていますが、少しだけ読んだのがマインドマップの本。

マインドマップを書くかどうかはともかくとして、マインドマップ風の考え方を自分の中に取り入れてみようと思っています。
つまり記憶というのは、一列に並んでいるんじゃなくて、放射状に広がっているのだろうという風に考えてみています。
本を読むときも、中心となるワードを意識して、広がりを持つように読んでいくと良いかなと思って試しているところです。まあ、今のところうまくはいってないようですが。

なにもかもがうまくいく。
そうだったら良いんですけども、なにもかもがうまくいくわけではないときの方が多い。
そういう中でも、まあいいか。と楽しむ心を持っていきたいですね。
何か正しいやり方を探してしまって、結局ドツボにはまり込むようなことをしてしまいがちなので、正しいか正しくないかよりも、楽しくやっていくことを重視していきたいです。
楽しいか、楽しくないかを意識するとまた違ってしまうと思うのです。そうではなくて、いかに楽しくやるかということですね。

マインドマップも中心に何を置くかということを考えます。セントラルイメージというらしいです。
同じように、今の自分は中心に楽しく”を置いてみようかなと思っています。
中心が何であるかはそれぞれが決めれば良いのでしょうが、中心がないとどう生きて良いものかわからなくなってしまう。
そんな気がしてきたんですよね。
posted by どらっくす at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月14日

集中できないなんて関係ない。

最近、集中力がありません。
何かをしていてもすぐ別のことをしたくなってしまいます。ドラマを見ていても、途中で飽きてしまって別のことを始めたり、ブログを書いていても気になったことを調べ始めたらそっちに興味がいってしまったり。
どうにも一つのことをやっていることができなくなってしまっています。
集中できないというのは困ったものです。

世の中には集中しすぎて大変だという人もいるのでしょう。
何かやっていると誰かの話が聞こえなくなってしまうとか、電車で本を読んでいたら乗り過ごしてしまったとか。
ありすぎればありすぎるので余計なんでしょうね。
過ぎたるは及ばざるがごとしということです。

なにか、集中力というものが過剰に良いものかのように言われている気がしています。
結局のところ集中力があったとしても使いどころを誤れば邪魔になってしまいます。
集中力がないのも使いどころ、使い方を考えることで問題はなくなるはずです。
集中力のあるなしで悩むよりも、自分の持っている集中力をどう使っていくかをコントロールできれば、持続時間が5分だろうが1時間だろうが関係ないのです。

どのみち24時間ずっと集中しているという人などいません。
いたとしても、集中に波がないような人は人間とは呼べないでしょう。人間とは人の間で揺れ動くものです。少しの関係性の変化で、集中力にも乱れが生じるはずです。
集中できるかできないかは、いま自分が置かれている環境にもよります。
だったら、できるかできないかは関係ない。今できる集中をどう使っていくのかを考える。
何事も、できるかできないではなく、いまあるものでどう過ごすか?を考えていくとうまくいくのかもしれません。
posted by どらっくす at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

口臭がする気がしてきたのでラクレッシュというのを買ってきた。

最近どうにも口臭がしているんじゃないか?と気になってしまって、歯は磨いているんですけど、なんとなく臭いがするような気がする。
気のせいなのかもしれないけど、できたらどうにか自分でも気にしないで済むようにしたい。
そこでドラッグストアに行って、口内環境を整えるといううたい文句の商品を見てみた。
なるほど、世の中にはこんなにもたくさん口内環境を整えるものがあったのかと。
やはり誰でも臭うかどうかというのは気になるものなのでしょう。

それらの中で、今自分が使ってないものというとマウスウォッシュ、口内洗浄液というやつです。
たしかに使うと口の中がすっきりはするのだけど、どうにも口の中がピリピリとして苦手なのです。でも背に腹は代えられない。痛みよりも安心です。
リステリンやGUMなど様々なマウスウォッシュがあるなかで、ノンアルコールと書いてあるタイプなら刺激が少なそうということを察するわたくし。
さらにノンアルコールの中から絞り込んでいった中で選んだのがラクレッシュというものです。



よくはわかりませんが、他にはない乳酸菌が入っているというのが売りのようです。乳酸菌、種類多すぎだろ……。
どこまで乳酸菌が口臭に良いのかはわかりませんが、わたくしなんとなく新しそうなものが大好きなんです。
なのでこちらに決めました。
家に帰って早速使ってみましたところ、最初に思ったこと。
「痛い」
ノンアルコール低刺激タイプなんですが、口の中がバリバリとするぐらいの高刺激。微炭酸かと思ったら強炭酸だったくらいの驚きですよ。
特に舌が痛いんです。こんなに痛いということは、きっと舌が悪いに違いない。口臭の原因に舌が挙げられることだってあるし。と、ポジティブに受け止めることにします。

ただ、痛みはあるけれども、使ったあとに口の中がすっきりするので、今後も使っていくつもりです。
ちょっとしたアップルの香りもなんとなく嬉しいですね。これで口臭が消えると良いのですが。まあ本当に口臭がしているのかどうかはわかりませんよ、あくまでも自分がしているように感じているだけです。でも、そっちの方が気になりますからね。
効果のあるなしはもちろん気になりますが、それよりも使ったあとに使った安心感を得られるかどうかが大事ですからね。
ラクレッシュは、口の中の痛みも耐えられないほどではないし(痛いけど)なんとなくアップルの香りがしてくるので、大丈夫かもしれないと思えるところが良かったです。しばらく使ってみよう。
posted by どらっくす at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

共感を得るために記事を書く。

今までブログの書き方を勘違いしていたかもしれないな、と感じてしまいます。
だいぶブログを書いてきましたけど、ここにきて少しやり方を変えていけたらと思います。
自分のブログなんだから、自分の思いを書くものだと思っていたんですが、ブログというのはそういうものではないのかもしれないなと急に思ったのです。……急に神が語り掛けてきたのです。いきなりどうした?

じゃあ何を書いたら良いのかというと、共感できることを書くのがブログなのではないかと。
自分の思い、他人の思いがあるとすれば、その間に共感というものがあるのではないでしょうか。
そうすると自分の思いを書くだけでは足りず、共感まで書かないことにはブログの記事としては不完全なものになってしまう。
じゃあ共感とは何ぞや?と言われると、そこがまた難しいわけですけどね。
ただ、ここまでが自分の思い、というところまで書いたら、そこから先において一つ上の部分、共感できることまで書くとちょうど良いのかなと。それでもまだ難しいですけどね。

自分が考えていることだけでは共感は得られない。
共感を得ようとするなら他人のことも考えて、その上で自分と他人の架け橋になるようなことを書かないといけませんね。
非常に難しいことではあるんですけど挑戦し甲斐もあります。
書くことのたのしさというのは、自分のためだけでも他人のためだけでも得られない。
共感によって生まれてくるものなのかもしれません。
posted by どらっくす at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

心を込めずにやる。

急に思い立って髪を切りました。ずいぶん伸びていたので、非常にさっぱりしました。
さっぱりしたのは良かったのですが、なんとなく似合っていないような感じがします。けっこうばっさりと切ってしまったのが良くなかったのもあるとは思うのですが、なにより太った。
今まで髪でごまかされていましたが、短くしてみてわかるということもあるものです。
痩せようという気持ちはあるのですけども、行動が伴ってこないんですよね。なんでだろう?
なんでだろう?じゃないですよ、やるならやりなさいよ。ということですけども、やりださないのだから仕方がない。いつかはやるでしょう。

あんまり無理をしてもしょうがないというか、無理をする必要はないんですよね。
ゆったりとした気持ちで、ただやっていけば良い。
そこにやる気がどうとか、余計な感情を入れていくから困ったことになってしまう。
感情を無くす必要はないけれども、だからといってなんでもかんでも感情を入れていくと疲れてしまいます。
最低限のところだけは保って、あとは心を動かさずにやったとしても何の問題もありません。
どうも心を入れてやらなければ意味がない、という風に考えがちですし、もちろん心を込めてやる方が素晴らしいものができる可能性も上がるのかもしれません。
そうだとしても、心を込められないからやらないという選択肢を取るのであれば、心を込めなくてもやるという選択をした方が良いのではないかなと思っています。
もちろん、完全にやりたくないなら別ですけどね。
posted by どらっくす at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

「超ムーの世界」はわりとおもしろい。

今日はお風呂に入っているときに見るものを映画じゃないものにしてみました。

「超ムーの世界R」という番組です。月間ムーというオカルト雑誌をテレビ番組にしたような感じですね。
あくまでも真面目にオカルトについて語り合っていくという姿勢が良いですね。
もちろんオカルトというのは基本的には嘘なわけですけども、その嘘をもしかしたら本当にあるかもしれないと思わせてくれるところに醍醐味があるわけです。
また、あからさまに作り物に見えたとしても、本当にいるとして扱ったときにこそ、その先にある真実にたどり着くということもあるかもしれません。

オカルトというのは統合過剰な人たちが作り出すものなんですよね。
1を聞いて10を知るという言葉がありますけど、1を聞いて99を作り出すようなイメージです。
もちろん本人たちは本気でそれが真実だと信じていることが多いし、不思議なことにそういう妄想の中にも真実らしい一面も入っていたりすることがある。
あるいはたまたま真実にたどり着いてしまっていることもある。
だからこそオカルトはおもしろいんですね。

これは本当だ!と確信することよりも、本当かな?と考えている時間の方がおもしろい。
最近は、何でもネットで調べられてしまいますけど、ネットに真実が書かれているとは限りません。
最終的には自分で調べてみないとわからないし、なんでもかんでも調べられるわけではないから、結局世の中のすべての謎を解くなんていうことはできない。自分で調べたから解けるというわけでもないですが、少なくとも納得することはできますよね。
でも、自分ですべてはできないから、誰かが解いた謎に対して検証をすることになる。
検証して自分を納得させる。
そういう行為はなんにでも必要な態度なんですよね。

こうだからこう、という答えに納得せずに、自分なりの真実を見つけていく。
99%の想像であったとしても、納得できる答えを見つけることができる方が価値があるのではないでしょうか。
他人から変な目で見られるかもしれませんけど、納得できている方が自分を保てます。
だからといって自分を信じすぎるというのも怖いものです。
何もかも疑って生きるのはしんどいから、誰かを信じるということも大事です。
誰かを信じることができなければオカルトをたのしむことは難しくなります。
信じるまではいかないにせよ、そういうこともあるかもね。という態度で人の意見を聞くことができれば、世の中というのはぐっと広がってくるのではないかと思います。
オカルトは自分の世界を広げてくれるものであり、同時に広げた世界がうっかりすると想像だらけというものでもあります。
諸刃の剣であることを認識したうえで、たのしんでいくと、自分なりのオカルトを見つけることができるかもしれませんね。
もしかしたら生きるということは、自分なりのオカルトを見つけることなのかもしれないな。
posted by どらっくす at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

気合を入れよう。

なんだかまったく何も手につかないような状態になっています。
そういう日もありますよ。あるからなんだというだけの話です。
何かしたような気もするんですが、何をしたのか思い出せない。
そんな感じであります。
ここはひとつ気合を入れなおして今日を過ごしたいものですね。
posted by どらっくす at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

魔法のパッドはまだまだ着け続けるつもり。

魔法のパッドをつけてから、どれくらいだろう?二週間くらい経ちましたかね?
これといって変化は感じていません。
なんとなく痩せたとか、そういうこともまったくないですね。
ただ、着けて歩かないと落ち着かなくなってきました。
着け忘れるということももちろんあるんですけど、そうすると「あれ?今日はなんか変な感じだな?」という風になって着け忘れていたことに気がつきます。

つまり感じていないけども変化は起こっているのでしょう。
痛みに関してはほとんどなくなりましたが、右足だけはたまに少し痛くなります。
これは自分が右足の方をうまく使えていないから起こっているのではないかと考えています。
長く使っていけば、いずれは解消されるのではないかと期待しております。
3か月くらい着けていると変わってくるようなことが本には書かれていたので、まだまだ着け続けていくつもりです。
posted by どらっくす at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

「宇宙シナリオからのメッセージ」という本の字面を追いながら考えていたこと。

「宇宙シナリオからのメッセージ」という本がなんだか目に入ったので読んでみました。

たしか以前にちらりと読んだときは、なんだかなあ……という気分になったはずなんですが、今回はわりとすんなりと入ってきたというか「ああ、そうだろうな」という納得感がありました。
スピリチュアル的なものにどっぷりはまっている人よりも、軽く触れてみたけどなんだか違ったなあとようやく気がついたぐらいの人が読むと、納得できるような気がします。
一周しちゃったような感じがしているんですよね。完全に何かを見たとか、そういう神秘的な体験をしていない人間ではありますが、スピリチュアルとか自己啓発とか、そういうものに興味があっていろいろと自分なりに調べてみた時期がありました。
うわー、すげー!となってから、でも結局そういうものが自分に何かを返してくれなくて、おかしい思考が現実化しないじゃないかとなって、さらには現実化しなくてもしかたない、なにか自分のやり方が悪いんだろうと諦めるという。まあ、一般的な離れ方をしていったんじゃないかと思います。

もちろん完全に離れたわけではなくて、たまにそういう本を読んでみては、おおー!という気持ちになって、また少し入ってみて。やっぱり違うなあ、などと離れる。繰り返しですよね。
この本のタイトルが目に入って「またそういう時期なのかな」と思いましたが、読んでみるとなるほど今の自分にちゃんとあった本が来たのだなという気分になりました。
そういう気分に対していちいち「よし!引き寄せの法則が発動したぞ!!」みたいなことを思わなくて良いということが書いてある本ですね。
起こることが起こるだけであって、なんか自分の意思やら無意識が介在してどうにかなったという幻想は、べつに捨てちゃっても良いんじゃないということでしょう。
どっちでも良いじゃん、理屈よりも楽しんでいければ。ということでもあるのでしょう。

人生っていうのは、決められたゴールに向かってどう楽しんでいくかであって、ゴールを自由に変えられるというものではない。
精神的な成長とか、ハイヤーセルフとか、スピリチュアル的ないろいろなことよりもベストオブザスーパージュニアの優勝が誰になるかを気にする自分でいて良いのです。
人間が人間以上のものになろうという努力をすることよりも、すべてを諦めて、諦めた上でもやりたいことをやっていくことの方が大事なんじゃないかと最近の自分は思っています。
誰かの物差しも大事だし、それに影響されて何かを始めることもあり。だけど、続けるかどうかは自分の物差しで測ったら良いじゃない。
覚醒なんかしなくたって、人は救えますよ。

どうしようもない自分をどうにかすることはできない、だってどうしようないんだから。
どうしようもない自分をどうにかしよう、精神的修練を積もう。いや、ほんとにそれやりたいですかね?
100万回坐禅を組んだって、空は飛べませんよ。飛ぶ人だっているかもしれないけど、坐禅で空が飛べたって、せいぜいびっくり人間でしょう。
たまに坐禅を組んで、あーすっきりぐらいで終わっといたらそれで良いじゃない。
どんなに頑張っても世界は救えない、世界を救うことができない自分は生きている価値がない。ああなんということだ、わたしは主人公ではなかったんだ。きっとこの世界の主人公はドナルド・トランプで、アメリカ人に生まれなかった時点でわたしはモブキャラだったんだ。
そんなことを思って生きていてもあんまりおもしろくなさそうですよね。
どこへ行くのかを考え続けているよりも、歩きたかったら歩けばいいし、寝ていたかったら寝ていたら良い。
ゴールがどこかにあるんじゃなくて、いまいるそこがゴールなんだよね。常に。

なんていうことを読みながら考えていたような気がします。
だからまあ、本当に読んでいたのかは怪しいところですね。字を追いながら、自分の妄想の中を泳いでいた。それだけなのかもしれません。
まあ、それならそれで良いじゃないですか。
わたしも今日から賢者どらと名乗ろうかな。
あんまり賢者って字面が好きじゃないですね、けんじゃの方が好きだな。ドラクエのせいですね。
気持ちがあがってこないときはあがってこないときなりに、あがってるときはあがってるときなりに、そのときなりに生きていけばいいじゃないか。
posted by どらっくす at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

「テンプリズム」は、わりと薄味な感じだったな。

kindle unlimitedで「テンプリズム」という作品を読みました。

曽田正人さん初のファンタジーということで、どんなもんだろうな?と読み始めてみたのですが、意外とおもしろかったです。ただ、妙に低い評価なのも納得できる部分もあり、同時に曽田先生が今まで描いてきたものとはわりと違うからというのもあるんでしょう。
曽田先生って、こういうのが好きだったのかなという意外な一面を見た気になりました。たぶんなんですけど、きちんと編集者がついてなくて、曽田先生の好きに描いて良いですよ的な進め方だったのではないかな。
今までの曽田作品でも、わかりづらかったり、それはどうだろう?という部分もあったりしましたが、そこを力技でどうにかしていたと思うのですが、今回はそういうことをどうにかするよりも、キャラ愛の方が先走っていたように感じます。描いていてたのしかっただろうな。

評価の低さも、読者の読みたいものと作者の描きたいもののズレからくるものでしょう。
曽田正人が萌えマンガを描いてみたらこうなったという印象です。主人公もわりと何して良いかわからないまま進んでいくところでそう感じました。今までの曽田作品だと、何をしていいのかわからない主人公が決定的に人生を変えるような出来事、スポーツやらレスキューやらに出会って、そこにひた走っていくということが多かったですが、テンプリズムではひた走る前に終わったというか、そもそも走ろうともしていなかったのでしょうね。
それでいて終わらせ方も昴なんかに近い感じなので、なんかいきなり終わったなあという気持ちになりました。

それでもたのしめたのは、今まで見たことがないタイプの曽田先生の絵を見ることができたからでしょう。
やっぱりプロの漫画家は絵がうまいなあ、という当たり前の感想が一番最初に出てきたくらいです。
今度は海賊物とか、もう少し中世よりの作品も描いてみてもらいたいですね。

今までの濃い曽田作品を期待するとまったく違うものが出てきますが、薄味なマンガが好きな人間ならわりとたのしめると思います。バリバリの純文学作家が、急にライトノベルを描いちゃったぐらいのテンションで読むとちょうど良いと思います。
こういう曽田先生も出てくるのであれば、もうちょっとこの路線も見てみたいですね。「シャカリキ」「昴」「カペタ」なんかには、読んだ人の人生を変えてしまいそうなぐらいの熱量が籠ってますけど、そのせいか自分は単行本を読み直したことがあんまりないんですよね。
テンプリズムはその辺気軽に読み直せる雰囲気があります。あんまり気軽じゃない展開もありますけどね。
この方向性を推し進めていって、日常物なんかを描いて欲しいところでもあります。たぶん違和感がとんでもないことになると思うんですが、そこをたのしみたいですね。
ラベル:曽田正人
posted by どらっくす at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

つけるだけ歩くだけでやせる魔法のパッドPROを付けてみた初日の使用感。



魔法のパッドをつけて一日歩いてみました。
現状としては、やっぱりちょっと足が痛いですね。特に足の親指の付け根辺りに痛みがあります。ワセリンを塗ったので少しはましになりましたが、どういう痛みなのかはわかりません。擦れた痛みなのかな。
そして、付けている最中にも痛みがあります。圧迫され続けているわけですから、痛みが出るのも当然です。ただこちらの痛みに関しては、自分としてはむしろ心地いいタイプの痛みです。
きつめの服を着ている時のような感じで、邪魔ではありつつも付けている感覚がわかりやすくて気持ちが良い。ピチッとしたものが苦手な人には嫌な痛みでしょう。

そして、一日付けてみた結果として、特に変わりはありません。
ですが、付けない状態で歩いてみると、何か体のバランスが変わっているような感覚があります。それは一日足に何か付けていたら、多少はバランスが変わって当たり前なのですが、付けている時に比べるとちょっと歩きづらいような感じがします。うまく足に体重がかかっていない、かかって欲しいところにかかっていないような感覚です。
なので変わりがないようで、実はちょっと変わっているということなのでしょう。

この微弱な変化を得るために、痛みに耐える価値があるのかどうかは人によるでしょうが、自分としては十分にあると感じています。
実際、付けていると膝に痛みが来づらくなっている感じがするのです。なんというか、うまく歩けている感覚を得られるのです。
なので、多少の痛みは我慢して、少なくとも一か月くらいは付け続けてみるつもりです。
あまりにもつらいようであれば外せば良いだけですしね。
今は痛みが出ているので少し外しています。外に出る時はまた付けるつもりです。
付けずに歩いていると、なんだか少しもったいないような気がしていしまうんですよね。
もうちょっとうまく歩けるはずなのに、若干ずれている感覚が出てしまうので。
付けている違和感がなくなるまでは、我慢できると良いなと思っています。
posted by どらっくす at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

ええ、歩きますよ。わたしはね、歩くんです。これから。

順調にブログランキングが下がっています。毎日更新しなければ下がっていく程度の記事しか書けていなかったということなわけで、これからますます良い記事を書くモチベーションになります!という気持ちもないわけではないですけど、そんなに下がらなくてもという気持ちもありますよ。ええ、人間ですから。

そんな中、魔法のパッドというのを買ってきました。どんな中なのかはわたしもわかりません。

つけるだけで痩せるということですが、本当にそんなことが起こるのかどうか気になるところです。
とりあえず今つけてみたのですが、どうも右足側が痛いような感じがします。実は自分は右足の膝に古傷がありまして、膝の靭帯を痛めたことがあるので右側のバランスは悪いのは自覚しているんです。
なので、つけてみて、これはもしかしたらきくかもしれない。という気持ちになっています。さっそくこれから歩いてみるつもりです。
こういう類のものって、きちんとしている人には効果がないのではないかとも思いますから、万人に効果が出るかはわかりませんが、自分としては右足の違和感が消えるまで使ってみるつもりです。消えなかったりして……。

最近はウォーキングをよくしているのですが、ウォーキングのお供にプロレスの入場曲を聞いています。
WWEの曲はGoogle Play Musicにたいていあるので、その中から好きな曲を聞いています。
今日は、パーフェクト10ことタイ・デリンジャー選手のテーマに合わせて歩いていたのですが、思わず10!と両手でやりそうになってしまうのが玉に瑕です。歩き方も若干タイ・デリンジャー風になっている気がするし、はたから見たらかなり怪しい人に見えるかもしれません。
入場曲ごとに、違う人間のイメージが自分の中に入って来ますから、その都度グローリアスしたり、ノーウェイホセしたり、TJPになったりしています。

こうして自然に他人になりきって見ると、なんだか思考までも変わってくるような気がしますね。
そして、その思考自体は自分の思考ではないので、人と話しているときに誰かの思考状態を借りて話すと、コミュニケーションがうまく取れなかったとしてもそんなに傷つかないというか。
ああ、この人にはこの感じは合わないんだ、次は別の人にしよう。という風に考えられます。
そういうことをしていると本当の自分が育たないような気もしますが、じゃあ本当の自分とはどこにいるのですか?と聞かれたらそれはそれで困ってしまうでしょう。その程度のものなんです、自分自身などというものは。
もちろん自分に絶対の自信がある人はそんなことをしなくても良いんでしょうけど、今日は誰かになりきってみる。そんな日というのも一日くらい作ってみるとたのしいですよ。
posted by どらっくす at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月21日

自然とやりたいことをやる。

朝ですね。夜に書くよりも、朝に書く方があたまもすっきりしていて良いかもしれません。
「アンという名の少女」を見つつ、ゆっくりとお風呂に浸かる。それでもまだ今日は一日残っている。
なぜだか5時に目が覚めてしまったしまったのですが、たまには早起きするのも悪くないものです。
腹筋を意識して座ってみたり、体を伸ばしてみたり、良い朝を過ごせています。何が良い朝なのかはわかりませんが、気分が良い朝なのかもしれません。

ブログだけが、なんとか自分のできる最低限のことではないかと思っていたのですが、ブログを書くことからも解放されつつあるような気がします。
堕落と言えば堕落であり、堕落と解放は対になっているものなのかもしれません。
対であるからこそ、堕落し、解放されることで、そこから何かが生まれてくる。そんな気がしています。
人間は常に堕ちていくものであり、踏みとどまろうとしてしまいがちですが、踏みとどまることをやめた時に、その先にある本来の自分のやりたいことが見えてくるような気がしています。

やる気を出さなければできないようなことはやめて、自然にやっていけることをやる。
そうすると、やりたくないと思っていたことの中にも、やりたいことがあったりするから不思議。
やらされていると思っていたけど、ほんとうは好きでやっていたりすることもある。
自由になりたいという気持ちは、自由からは一番遠い気持ちなのかもしれませんね。
posted by どらっくす at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

ブレイキング・バッドを見て、悪いことに使える正しい知識が欲しくなる。

ブレイキング・バッドというドラマを見始めました。
見てみると、思っていた感じと違っていて、コメディではないのだけど笑える要素もあって、たのしめるドラマでした。グロイシーンもあるので、みんなにおすすめはできないですけど。

人生というものを考え直すきっかけというのはいろいろあると思うんですけど、やっぱり死をリアルに感じるときというのが一番大きなきっかけになるのでしょう。
死について考えることはあっても、まだ現実として受け止めているとは言い難く、もしかしたら自分は死なないんじゃないだろうか?と思っている節もあります。
また死んだところで、何かを残してほしいという人もいないでしょうし。あんまり変わらないかもしれないとも思います。

ただ、今の自分のまま生きていたとして、悪の道に転がりこむことはできないなとは感じます。
主人公であるウォルターは化学教師で、化学の知識を利用することで、悪事に手を染めていくわけです。
悪いことに使う必要はなくても、ちょっと裏返せば悪いことに使えるような知識というのは、世の中にはたくさんあるはずです。
そういう知識を得るためにも、もう少し勉強してみようかな?という気持ちは出てきました。
正しい道を歩むためにいろいろとやっていくことも大事ですけど、道を外れても生きていけるような知識も包括して覚えてこそ、正しい道を歩むのにも役立つのかもしれません。
悪いことのできる知識を得なければ、良いこともできないのかもしれない。
まずは悪さをすることから始めてみようかな。
posted by どらっくす at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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