どらっくすのちゃんぷる〜日記。

どうせ誰も読んでない。

2018年08月09日

ゆっくりとでも、動き続ける。「エージェントオブシールド」を見る。

英語の勉強がてら久しぶりに海外ドラマを見ようとNETFLIXを探すも、いまいち見たいものが見つからない。
どうもNETFLIXのものって、元気な時じゃないと見る気がしないものが多い。
暗いのが多いし、明るいのになると明るすぎる。
ちょうど良いのは少ない。
見ればおもしろいんだけどね。

というわけで、ちょうど良いのを他のサイトで探す。
なかなか見つからなかったのだけど、そういえば「エージェントオブシールド」のシーズン3が途中になっていたことを思い出す。
うん。「エージェントオブシールド」はちょうど良いぞ。
というわけでhuluへ。

途中どころか2話までしか見てなかった。
いや、まあ途中といえば途中だけど。もっと見てたかと思った。
huluも字幕なしで見ることができるので、勉強になる。

自分の場合は、見ている最中は、とにかく俳優のセリフを自分でも言っていく。
もちろん全然追いつけないんだけど、細かいことは気にしない。
ストーリーもなんとなくしかわからないけど気にしない。
これが勉強になっているかどうかも気にしない。
何かを気にしていたら、ことをなしとげることなんてできないわけです。

ゆっくり動き続けていれば、いつかはどこかにたどり着く。かもしれない。
ドラマだって、1話ずつ見ていけば、いずれは見終わります。
人生も止まっているようで、少しずつ動き続けているからいずれは死ぬわけです。

そんなわけで、ゆっくりと「エージェントオブシールド」も見ていきます。
見るとおもしろいんだよね。
ほんとに、ちょうど良い感じに謎が出てきて、ちょうど良い感じに楽しませてくれる。
こんなにちょうど良いドラマはないよ。

でも出てくるキャラはすごくかっこよくて魅力的。
コールソン、スカイ、メイ辺りがやっぱり好きかな。
シーズン3は、まだいまいちコールソンの活躍が出てきていないけど、まだ22話までありますからね。
ここからに期待。

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2018年08月04日

「シン・ゴジラ」を見る。よくできた大日本人。

Amazonプライムに「シン・ゴジラ」が追加されていたので、さっそく見てみました。


流し見してしまったので、時間があればもう一回見ようと思っています。
非常に庵野監督っぽい作品だったと思うんですが、一つ謎なのはなぜこれがヒットしたのかということですね。
おおよそヒットするような作品には思えないんですが……。
とにかくマニアックですよね。
昔の特撮を再現しようという気持ちが強いというか。
リアルに描かれているということが話題になっていたような気がしますが、そのリアルさを特撮の再現に使おうという気持ちの方を強く感じました。

「オレの作った最強の特撮」的映画だなあと感じましたね。
見終わった後に最初に思ったのは「大日本人」みたいだったなあということです。
そう松本人志監督の「大日本人」です。
あれもまあ特撮のパロディみたいな部分がありましたが、リアリティを出すために作られているドキュメンタリー部分は良くできていたと思うんです。
でも、ちゃんとしていなきゃいけないようなところがちゃんとしていなかった。
まあ、そこが松本さんの自分の笑いの表現でもあったんでしょうけど。
「シン・ゴジラ」は、ちゃんとしていなきゃいけないところがちゃんとしている「大日本人」だな。
そういう印象を受けましたね。

だから批評とかで言われている自衛隊がどうとか、日米関係がどうとか。
そういう部分に関しては、飾りにしか感じませんでした。
それよりももっと根源的な「オレが撮りたい特撮」という部分が、かなり達成されていた作品だったように思います。
最初に言ったように、ヒットする作品には思えないというのはそういった部分です。
言葉を悪く言えば「オタクの自己表現」みたいな映画なんですよね。
自分はこういう映画好きだけど、世間の人も好きなの?ほんと?っていう。

ただもう公開されてから何年か経ってますからね。
今更、その熱を感じる方法もないという。
久しぶりに「しまった乗り遅れた!」と感じた映画ですね。
後でまた見てみよう。
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2018年08月03日

のさのさ

世界はオレのこと
まるでわかっちゃいないけど
オレも世界のことなんか
カケラもわかりはしないのさ
  • 20180803115521930.jpg
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2018年07月20日

「超予測力」を読み始めて、体力の衰えに気がつく。

「超予測力」という本を読んでいる。

買ってから、もう一週間くらいは経っているはずだが、まだ読み終わらない。
毎日読み続けているわけではないとはいえ、なかなかに歯ごたえのある本である。
噛んでも噛んでも終わらない。

こういった本によくある、豊富な事例をふんだんに織り交ぜながらの説明は、懇切丁寧であり、ありがたいものでもあるのだが、同時に「いつ読み終わるんだよ……」という感覚にもとらわれることになる。
今読んでいるところには、情報の更新に従って、少しずつ予測を変化させていくことが大事である、ということが書いてあった。
ところが読んでいる私としては、まず情報の更新についていくことすらままならないのだから困ったものである。予測力以前の問題である。
おもしろいのはおもしろいんだが、情報が豊富であればあるほどに疲れる。疲れれば読む手が止まる。
そんなことを繰り返しながら、ようやく半分をすぎるところまでは読み進めることができた。
あと少しがんばろう。

本を読むスピードはだいぶ変わった。
一時期は、バンバン飛ばして読むような速読だったが、今はわりとゆっくり目に読んでいる。
とはいえ飛ばし読みに近い部分もあるだろうとは思う。
一字一句を音読しながら読むほどゆっくりではなく、さりとてバンバン飛ばしていくというわけでもない。
なんとなくちょうど良いペースというのができあがってきている。

そういう読み方でも、三十分も読めば疲れてしまう。
どうも体力の衰えの方が、読書の力の衰えよりも大きいのではないかと思えてきているのだ。
脳は疲れない、というが。脳を支えている肉体は疲れるのだからして、脳が疲れてなくても体の方が先に疲れてしまったら、頭脳活動に近い読書といえども先に進んでいくことはできない。
昔は、そういう時に姿勢を変えたら済んでいたのだが、どうも姿勢を変えようとも何をしようとも、いったん疲れてしまうとどうしようもない。
読書の力を鍛えようと思っていたのだけど、それよりもまず肉体を鍛えなければ、頭を鍛えることも難しいのかもしれない。
ヨガでもやるかあ。
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2018年07月18日

後から笑って、それで終わりで。

ここ数日、本を読もうとしている。
一日三冊くらいは読むと良いと苫米地英人さんの本に書いてあったので、それぐらいは読んでやろうと意気込んでいる。
つまりは読んでいないわけである。

一日に三冊。

この読めそうで読めないハードルを超えることができるのだろうか。
まあ読もうという姿勢が大事なのではないかと思う。
本を読めば読むほど、何かが軽くなっていく気がする。
何かとは何なのか?それはわからないのだけど、そんな気がするのだからして、読もうという姿勢だけは大事にしたい。

軽くなっているものが何なのかはよくわからないのだけど、その中のひとつには気持ちが軽くなっている。
本を読めば読むほど思うのだ。
この世の中がどんなに辛くても、死ぬほどのことじゃない。
もちろん死んだらそれ以降はないのだから、死んだ後のことを考えても仕方がない。
ここでいう死ぬほど、というのは自殺するほどじゃないということ。
死んだほうがマシでも、生きていても良いのだと思う。

そんなことを考えてしまうのは、神に関する本を読むことが増えてきているからかもしれない。
昨日はブルーバックスの「科学者はなぜ神を信じるのか」という本を読んだ。

読みやすいのだけど、数式が少し書いてあるだけで難しいような気になってしまう。
難しいところは、なんとなく読んだ気になっておけばよい。
わからないことは、どうせわからないのだから、気にしない。

科学者が神を信じているのかどうかはよくわからなかった。
そもそも科学は神の存在を肯定するためにあったものだったのだろうけど、時代が進むに連れて「やべえ、神様いないかも」となってきてしまった。
確定した何かがあるわけではなくて、すべては不確定であり、確率であり、雑に言えば全部偶然。
試行回数が宇宙規模であれば、たまたま今みたいになることだってある。
そもそも今というものがあるのかどうかすら不確定なのだからして、それはもう頭がこんがらがってしまうのである。
解き明かせば解き明かすほどに、神が何かを生み出したのではないように思えてくる。

神は存在していないのかもしれない。

では神は不在なのかというと、それもわからない。
少なくとも髭面のおじいさんが神である可能性は薄いだろうけど、かといって確実にいないとも言えない。
物語の中の登場人物が作者を認識することができないのと同じように、創造物は製作者を認識することはできない。
神はいるかもしれないけど、いても私にはわからない。

運命はあるのかもしれないけど、あったとしてもわからない。
未来も過去も、あるのかもしれないけど、わからない。
生と死も、あるのかもしれないけど、わからない。
大体のことは、よくわからない。

何かの拍子に幻を見る。
自分が死んだような幻だ。
本屋で立ち読みしていた自分が、ばったりと倒れる。
コンビニでパンを選んでいた自分が、ばったりと倒れる。
さっきまでいなかったはずの車に突然轢かれる。
エレベーターのドアが開いたら、中にいた青龍刀を持った人に襲われる。

ああ、死んだ。

全部、幻。もしくは嘘。
まだ生きている。
でも、そういう可能性もあったかもしれない。
あったかもしれないけど、なかったのかもしれない。
あるいはマルチバースな宇宙の可能性を、束の間幻として認識したのか。
あったかもしれない、起こったかもしれない。
やれたかも委員会。

起こっていないことを、起こる可能性があったかもしれないなんて言い続ける。
そんなものはほら、ギャグマンガみたいなもんなんだ。
だいたいのことは、死ぬほどじゃない。
後から笑って、それで終わり。
posted by どらっくす at 07:45| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月06日

「シャーロック」シーズン4を見る。あんまり好きじゃなかったな。

「シャーロック」シーズン4を見終わりました。
なんだか結構わかりづらいような話で、どうにもしっくりこなかったです。
おもしろいのはおもしろかったんですけどね。
なんとなく自分がシャーロックに期待していたものとずれていたというか。
これで終わりなのかな?というのを感じましたね。

なんだろう、ここからここまで全部シャーロックが仕組んでいましたよ。みたいなものがなかったんですよね。
常に事件に振り回され続けているというか。
「うわー、そうくるか〜」という気持ちじゃなくて「うん、そうだろうね」で終わってしまって。
いや、むしろ「そろそろシャーロックの大逆転が来るのかな?」ぐらいに期待していたので「あ、このまま終わるんだ」と拍子抜けしてしまいました。
敗北で終わってくれたりしたら、次のシーズンでいったいどんな始まりをしてくれるんだろう?と期待を持てるんですが、本当に普通に終わってしまったので、ああこのシリーズも終わりなのかなと寂しくなってしまいました。
まあ始めた頃と比べると主役の二人の忙しさはかなり増しているでしょうし、スタッフだって同じでしょう。
なので、よく続いた方なのかもしれません。

自分はわりと評判の悪いシーズンだったりが好きだったりすることもあるので、シャーロックシーズン4はもしかしたら評判良いのかもしれません。
ただ、自分としてはあまり好きなシーズンではなかったですね。
一言で言えば、暗いから嫌い。
最後にもう一個どうでも良い事件を解決するエピソードで、シャーロックとワトソンが仲良くやってるところを見せてくれたらまだ耐えられるんですけど。
散々暗い展開だったのに、ちょっと明るくオレたちの戦いはこれからも続く!みたいにやられても、なんだかなあという気持ちにしかなれませんでした。
つまらなかったわけではないんですが、面白くても展開としては嫌いでしたね。

シーズン5があるかはわかりませんが、軽いシーズンで爽やかに終わる展開が残ってると良いなあ。
もしくはレストレード警部の事件簿とか、マイクロフトの憂鬱みたいなスピンオフとかね。
軽快で魅力的なキャラが多いだけに、変に重い展開になってしまったシーズン4は自分としてはあまり好きではなかったです。
またシーズン1から見直そうかなあ、って毎回新しいシーズンを見ると言ってしまう気がする。
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2018年07月05日

斎藤たかし

斎藤たかし
ぴっちりとした七三分けが特徴。
ベビーフェイスユニット『リターントゥベーシック(RTB)』所属。
若手時代から空中技を得意としている。
必殺技はシューティングスター・プレス。
ゴンザレスフジヤマとの敗者髪切りマッチに敗れ、坊主頭だった時期もある。
フジヤマには三度敗れたが、四度目で初勝利。
勝利時に「よっしゃー!」と叫んだつもりが、誤って「ヨイショー!」と叫んでしまう。
以後、勝利する度に観客か「ヨイショー!」の掛け声がかかるようになる。
大道寺草太とのチャンピオンシップに勝利し、号泣しながら「ヨイショー!」と観客と喜びを味わう姿は感動を呼んだ。
第38代TWGP王者。防衛回数3。
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2018年07月04日

タコ・ザ・マスク

タコ・ザ・マスク
悲しみを知らぬ哀しきヒール。
正体不明のマスクマン。世田谷区在住。
必殺技はオクトパスホールド。
恵まれた体格から繰り出されるチョップはヒグマチョップとすら呼ばれている。
初戦の相手は斎藤たかし、ヒグマチョップからのオクトパスホールドで勝利。
簡単に脱げそうで意外と脱げないマスクが人気。
初期はマスク上部の突起と下部の広がりがなかったが、頂点リーグ参戦時に現在の物に変えた。
マスク変更の理由を聞かれ「気合を入れたら自然と生えただけ」と答えている。
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2018年07月03日

惜しかったけども、実力差は大きかったなあ。

日本対ベルギー、残念な結果になってしまいました。
勝てる試合ではあったと思いますが、力の差はかなりありましたね。
スコア以上に実力の差は大きかったと思います。
ルカク一人を抑えることができたとしても、まだ点を取ることのできる選手がいる。この恐ろしさですよね。
まあ、ルカクを抑えきれていたとも言い切れないですが、ゴールはさせなかったのは凄いと思います。

終わってから考えれば、2対1になってしまった時に、ベンチから交代なりで選手にメッセージを送って欲しかったですね。
2対0になって、そのままの勢いを維持できそうな時間帯があっただけに、もしかした……という期待が捨てきれなかったんでしょうね。
もしあそこで守り切ろうという選手を入れていたらどうなっていたのか?と考えてしまいます。
あるいは本田を入れて、いったんゲームを落ち着かせるというのもありだったかも。
あまりにもいろいろできただけに、逆に何もできなくなってしまったんでしょうね。
選手たちの経験もそうですけど、コーチ陣の経験としても大きなものは得られたのではないかと思います。
2対0以降のプランを決め切れない内に追いつかれてしまったのはもったいなかったな。

最後のカウンターに関しては、ベルギーは完全に狙ってましたから、始まってしまった時点で止める術はなかったでしょう。
特にディフェンスをひきつけておいてスルーしたルカクは凄かった。
自分で点も取れるし、自分を犠牲にすることもできる。
そこにきちんと詰めてくる選手がいること、チームとしてベルギーの力が上であることをまざまざと見せつけられました。
また個の力も強かったですね、フィジカルには圧倒的に差がありました。
2点目なんかは、完全に体格差で持っていかれたような点で、こればっかりはもうどうしようもない。
単純にベルギーの方が強かった、そういう試合でした。

今回の代表は強かったですが、それでも決勝トーナメントで勝ちあがれるほどではなかった。
でもこの経験を活かして、また次のワールドカップで一歩前に進むことを目指してもらいたいですね。
メキシコも日本も負けて、応援するチームがなくなってしまいました。困った。
あとはまあブラジルかなあ、ネイマールは好きなんですよね。
めちゃくちゃうまいのに汚いという、他のスーパースターたちにはないものを持っていますね。
注目選手のいる強豪国が消えていく中、ブラジルが残っているのは、あのしたたかさがあるからなのかもしれません。

いやあ、ベルギーと真っ向勝負して負け。
ほんとに残念だったなあ。
ただ、控えとスタメンの実力差が結構大きいというのも、今の日本の問題点かなとも思います。
控えでもグループリーグ最終戦を勝ち切れるベルギーと、負けてしまう日本。
層の薄さが、今後の日本の課題かもしれません。
いやあ、それにしても。
うーん、勝ち切って欲しかったー。
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2018年07月02日

ミニマム

あまりにも世界は広い。
もっと小さく、満足。

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2018年07月01日

寝たい。でも見たい。

サッカーワールドカップ決勝トーナメントが始まりましたね。
いきなりのフランス対アルゼンチンという注目カード、期待通りの好試合でした。
日本が時間稼ぎをしてまでも決勝トーナメントに出る可能性が高い方を選択した理由もわかりますね。
やっぱり決勝トーナメントに出る出ないでは大違い。
グループリーグとは試合の質がまったく違います。
特にベスト16、ベスト8ぐらいの試合は、選手たちにも余力があるのでおもしろい試合になることが多いです。
そこから先に進むと、さすがに疲れも出てきますね。
決勝まで行くと大荒れの試合になったりするのも疲労の蓄積が要因の一つなんだと思います。

自分の中では、フランスがアルゼンチンを抑えて完勝というイメージだったんですが、さすがはアルゼンチンでしたね、意地を見せてくれました。
それでも終わってみればやっぱりフランスか、という試合でした。
アルゼンチンがエムバペを抑えきれなかったのに対し、フランスはメッシにほとんど仕事をさせなかった。
それがそのままエースの実力の差というよりも、チームとしての総合力が、フランスの方が上回っていたという印象でした。
メッシが抑えられても、アルゼンチンは攻め手を失ってはいませんでしたが、代わりにエムバペを止めきれなくなってしまった。
アルゼンチンも強かったですが、フランスがさらに強かった。
そういう試合でした。

次はウルグアイ対ポルトガルという、これまた注目の試合。
うーん、寝たい。
でも見たい!
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2018年06月29日

日本なんとか決勝トーナメント進出を決めてくれてうれしい。試合はいまいち。

日本が決勝トーナメント進出を決めました。
試合はいまいちというか、悪い内容でしたが、その分主力は休ませることができたのではないかと思います。
大迫と長谷部を完全に休ませることができれば大成功だったかもしれませんが、負けてる状況だったので万が一に備えるためには仕方がなかったかな。
西野監督は進出できなければ全責任を負う覚悟だったでしょうね。
追加点を取られる可能性があったとしても攻めてしまった方が、気持ちとしては楽だったかもしれませんが、最後まで進出の可能性の高い方を選んだということでしょう。

ただ、試合としてはつまらなかったですね。
ポーランドも一点差で勝てるのであればギリギリ面目は保てるし、無理に攻めて点を入れられるのも怖いということで深くは追ってきませんでしたし。
お互いの思惑が一致した結果、後半残り15分くらいは試合をしている意味がほとんどなくなってしまっていました。
他会場の結果がすぐにわかってしまうからこそ、どういう戦略を取るか?というのは大事になってきます。

セネガルは最後まで攻めていて立派だった、という気持ちにもなるかもしれませんが、日本がセネガルの状況であれば同じように攻めていたでしょう。
フェアプレーポイントが進出を分けるという珍しい結果になりましたが、そういう状況を作ることができた今までの日本の戦い方が素晴らしかったということですね。
もしかしたらリードしたのがコロンビアではなく、セネガルだった場合は日本ももっと攻めていたかもしれません。
コロンビアがリードしている状況であれば、引き分けに持ち込まれることはないだろうという読みだったのでしょうね。
西野監督の勝負師としての読みはほんとに素晴らしい。試合はつまらなかった。

この戦いっぷりが問題になることはおそらくないと思います。
ポーランドがボールを積極的に奪いにくれば成立しない話ですから。
両国に軽く注意くらいはあるかもしれませんが、トーナメント進出がかかっている状況でうかつに攻められないのは当然のことでもあります。
後ろでパスを回すことを禁止するルールはありませんからね。
自分たちが警告をもらうだけでも一気にピンチになる可能性もあったわけで、よくやったと言うしかないですね。

それと控えの選手たちはやっぱり控えなんだなということもよくわかりました。
特に武藤と宇佐美は、このチャンスを活かそうとしすぎて、かえって逃してしまった印象です。
ここで活躍すれば、という思いが強すぎるというのもうまくいかないものなんでしょうね。
大迫、香川であれば、先に点を取って逃げ切るという展開もあったかもしれない。
前線でのボールキープが今までの試合とはまったく違いましたからね。
それでも休ませることを優先したということは、通過してからのことを前提にスタメンを組んだということでもあります。
もちろん引き分け狙いだった以上、二人だけのせいではないですが、前の試合までのメンバーであれば、もっと前線でボールキープして楽な展開を構築することができたと思います。

敗戦した以上プラン通りではなかったでしょうが、最悪の事態にはならなかった。
ここら辺、本当に”持っている”のは西野監督なのかもしれません。
こうなってくると、決勝トーナメントはどこまでいってくれるのか期待したいですね。
試合内容を悪くしてまで決勝トーナメントに行く必要はない、というのはあまりにも贅沢すぎる。
もちろん、この内容で決勝トーナメントを逃したのであれば、文句を言うのが当たり前ですが。
決めた以上は、文句なし。
次こそは素晴らしい内容で勝利してもらいたいですね。
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2018年06月28日

メキシコを見て、引き分け以上の難しさを知る。

ワールドカップ、メキシコがなんとか決勝トーナメント進出を決めました。
エルナンデス……、今のチチャリートと呼ばれているエルナンデスではなくて、ルイス・エルナンデスというヘラクレスみたいな選手がメキシコには昔いまして。
その選手のプレーを見て以来、ずっとワールドカップではメキシコを応援しています。
あとはブランコという選手もいましたね。懐かしい。

その辺の頃と比べると、メキシコ代表もだいぶ変わったような気がします。
ワールドカップでしか見ないので、詳しくは知らないですけどね。
今日の試合なんかは特に感じましたね。
負け試合になってしまった時の心の折れっぷりが並の国と同じに見えました。
泥臭さみたいなものが消えつつあるのは、どこの国でも同じなのかもしれません。
負けてしまっている時に、それでもなんとか踏ん張るというのは難しいものですしね。

メキシコの命運は、ドイツ対韓国の結果次第という状況。
ドイツと韓国の実力差を考えれば、当然ドイツが有利だろうと思っていたんですが……。
メキシコ対スウェーデンと同時に見ていたんですが、まードイツのひどいこと。
こんなドイツは初めて見ましたね。
とにかく決めきれない。
数こそ少ないながらも、かなり決定的なチャンスを韓国に与えたりもしていて、ドイツ大丈夫かいな?という気持ちになっていたところ、大丈夫じゃなかったという。

1点目はともかく、2点目はどうしようもない入れられ方でしたね。
ノイアーが前に出てくることを止められる人間はいなかったんでしょうか?
セットプレイが終わった時点で、戻ることを指示することができなかった。そもそもセットプレイにも間に合ってなかったですしね。
その辺りは特に悪かったですけども、全体を通しても良くなかった。勝ちにいこうという気持ちが見えてこなかったです。
最初はドイツを応援してたんですが、途中からは韓国を応援していました。
もちろんメキシコの状況もありましたけど、それぐらいドイツは良くなかったですね。

メキシコも良くはなかったですが、なんとか決勝トーナメントまでに修正してもらいたいですね。
ただPKの判定は厳しかったようにも思いましたね。VAR確認にもならなかったし。
VARの判定の基準がいまいちわかりづらいのは、今大会以降の課題になるかもしれません。
ドイツ対韓国戦でも、1点目がオフサイドになりそうになったし。
線審の代わりにVARのカメラを増やした方が、判定は正確になりそうな気がします。
レフェリーや判定員の問題は、どのスポーツでも起こることですけど、コンピューターによる判定も導入して、あまりにも乖離した判定に関してははじくぐらいのことをしても良いのかもしれませんね。

何はともあれメキシコが決勝トーナメント進出を決めてくれてホッとしています。決まっただけで、決めてはいないか。
日本にはぜひ進出を決めてもらいたいものです。
決勝トーナメント進出できそう、みたいな雰囲気になっていますけど、引き分け以上で進出という条件がいかに難しいかは、今日のメキシコでよくわかりました。
明日は気合を入れて応援せねば。
posted by どらっくす at 02:09| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月20日

ダークタワーU上巻を読み終わる。ワールドカップ日本初戦が終わる。

ダークタワーUの上巻を読み終わりました。

どういう物語が紡がれていくのか、まったく予想ができないですね。
一巻を読んだ時には「おもしろいけど、二巻はどうしようかなあ」と思っていましたが、今は早く続きが読みたいです。
下巻も早く読もう。


ワールドカップ日本戦が終わりましたね。
まさか勝つとは思いませんでした。
ドローで終われれば……、という気持ちの人がほとんどだったのではないかと思います。
たぶん選手も監督もそう思ってたんじゃないですかね。
前半早々の得点、かつ相手が10人という有利な状況に、突き放しにかかるか、守り切るかで迷っていたように感じました。
元々は、守り切ろうという作戦だったから、そういうことが起こったんじゃないかな。

本田が交代早々に良いコーナーキックをしましたね。
その後は、ミスもありましたが、ああいう決定的な場面を作れる選手を使いたくなるのは当然です。
フルで出場させるには不安があるかもしれませんが、今回のような使い方であれば決勝トーナメントにはぴったりだと思います。
ファーストタッチでいきなりシュートにいったじゃないですか、あれでボールの感覚をある程度つかめたんでしょうね。
その後に、びっくりするくらいのミスパスをしたので、パスの感覚はつかめなかったのかな。
ミスはカバーできても、決定機を作ることは難しい。本田を入れることで選手たちにも点を取りに行くんだな、ということを伝えられる。
そういった役割を担える選手をベンチに置いておけるというのは素晴らしいことです。

ついでなので、セネガル対ポーランドも見たんですが、セネガルはかなり強いですね。
まず、でかい。
足が長いので、普通ならコントロールできないようなボールもコントロールしてしまう。
足が速いので、普通なら追いつけないようなボールにも追いついてしまう。
それでいてディフェンスも固い。
なかなかの難敵ですね。
ただ、攻め気が強いというか、勝っててもおかまいなしに攻められるときは攻めてくるので、つけいる隙がないわけではなさそうです。
セネガルが焦れるまで、日本が耐えられるかが勝負の決め手になりそうですが、一点までなら追いつけない相手ではないと思います。

ポーランドはセネガルに対してかなりやられてしまっていました。
なので、この試合をもって実力をどうとらえるかは難しいところですね。
日本があっさり勝ちそうな気もするし、負けるなら大負けしてしまいそうな相手です。
引き分けでも決勝トーナメント進出、みたいな状況になった時に危険な相手ですね。
勝利しないといけない、という状況の方が案外スッと勝ってしまえるかもしれません。

予想以上にセネガルが強かったので、コロンビアに勝てたのは本当に良かったです。
決勝トーナメント進出は絶望的かと思っていましたが、コロンビアに勝ったことでかなり道が開けましたね。
日本が勝ったことで、グループHは完全に混戦になって面白味が増しましたね。
もちろん日本には勝ってもらいたいですが、どういう試合がこれから続くのか、ますますたのしみです。
posted by どらっくす at 02:25| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

もうめんどくさいことはやめよう。

ふとアクセス解析を見て気がついたこと。
最近書いたブログの記事、ほとんど誰も読んでない。
なんだか、色々と読みやすいようにとか、そんなことを考えていたけど。
全部無駄だったんじゃなかろうか。

面倒なので、日記スタイルに戻そうと思う。
大体ね、いちいちなんかちゃんと書こうとするなんてのは、普通の人間の所業じゃないですよ。
根本から、人間として、魂からしてめんどくさがりなのに、今までよくやってきたんじゃないですか?
もっと開放して、自分を解放していこう。

最近は、そうですね……。
特に何もないです。
しょうがないよね、特に何もしてないですし。
本を読んだりは意外としてますね。

今日もちょっとだけ「ダークタワー」の二巻を読んでました。

読んでましたと言っても、この本自体は開くのが二か月ぶりくらいですけどね。
途中まで読んで、長らく止まってしまっていました。

再開した理由?
ないですよ、そんなの。
たまたま手元にあったから。
そんなね、いちいち理由なんてない。
もう全部適当で良いんです。

それにしても「ダークタワー」おもしろいですね。
たいしたことが書かれているようには思えないのに、どんどん読んでいってしまう。
良くわからないのに、どうなってしまうのかが気になって読んじゃう。
今まで、スティーブン・キングってそんなに読んでこなかったんですけど、これを機に読んでみようかな。
posted by どらっくす at 09:37| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月31日

「ACIMで行こう!2」を読む。分離と愛の間。

「ACIMで行こう!2」を読む。

1を読み終え(「ACIMで行こう!」を読む。おめでとう、ありがとう。)すぐに2を読みだした。
2は1よりも時間がかかったのではないかと思う。

なんだかいい話だなあ
そろそろ終わりかな
まだ終わらないの?
いい加減終われや!!

という気持ちになりつつ、なんとか読み終わりました。
まさしくこれはエゴによる現実を創造しようという行為であって、そういう気持ちを聖霊に届けながら読んでいたわけです。
特に中盤からの母との話辺りからは、スピリチュアル的に大きな出来事もあったにせよ、自分のエゴが「なんでよくわからんスピリチュアルおばちゃんのエッセイを読まなきゃいけないんだ?いますぐ本を閉じろ!」と叫び続けていました。
電子書籍なんで、閉じるのはアプリですけどね。
いや、アプリの中の書籍データを展開しているわけだから、本を閉じろであっているのか?
とにかくそのような気持ちになっていた次第です。

というのも、このタオさという方は、とにかく歩みが遅い。
三歩進んで三歩戻っているんじゃないか?というくらいに遅い。
ACIMについて、特に理解しているわけではない自分が読んでいても感じるくらいに遅い。今、ACIMについて理解していない私を創造しようとしましたね。危ない危ない。
なぜ、遅いと感じるかというと「それ1でわかったやつじゃないんかーい!」「さっきわかった感じ出してやつじゃないんかーい!」みたいなことがずっと繰り返されているからです。
もちろんこの本自体が、かなりの長期間に渡っての記録であり、それを数時間でまとめて読んでしまっているわけだからして、同じことの繰り返しになってしまうのは仕方がない。
さらには、ACIMという本は、色々書いてあるけど、言ってることはひとつだけらしいので、その流れにも沿っているのかもしれない。

でも、何度同じことを繰り返すんだよ?もう良いでしょ。という気持ちがグングン出てきてしまって、読み進めるのに苦労したというか、諦めて流し読みしていました。
流し読みをしながら「どうしてこんなにイライラするのだろう?」と考えてみると、同じことを何度も繰り返してしまう人というのが、そのまま自分にも当てはまるからなんですね。
なので、そういう気持ち自体を赦す機会を与えられたのでしょう。よかったよかった。
エゴはこういう形でも現実を創造してこようとするものなのです。とんでもない創造力ですよ。

最終的にはタオさんも一段階成長したような終わり方でした。まあ、成長とかはこの幻想の世界には存在しないわけですけどね。
もし3があったとして、また同じことを繰り返しだしていたら……、それはそれで自分も同じような道を歩んでいるということになり、また赦しの機会が与えられたということになるのかもしれません。
こんなことを書いていると「お前、ACIMの何がわかっているんだよ?」と言われてしまいそうですが、何もわかっていませんよ。
『奇跡のコース』自体、本屋で見かけてパラパラとめくってみた程度です。
そういう中で、全部が幻想であり、すべてはエゴが作り出した誤創造であり、分離を体感させようとしているだけなんだ、ということをなんとなく受け入れただけです。

あとは純粋に読み物として読んでいて「この人、全然わかってないなあ」なんて笑っていただけですね。
わかってないというのは、書いてあったことのはずなのに、また同じようなことが出てくると迷いだすんですよ。
もうほんとに「どうなってんだよこの人?壊れてんの?」というくらいに。
「何で怒ってんねん!赦せや!!」と、気がつけば使ったことのない関西弁でつっこんでしまったくらいです。
中盤くらいでの覚醒体験のようなものを通過した後も、そんなに変わらなかったのにはもはや驚きました。
でも、そういうものなんだとも思います。
覚醒体験というのは、幻想を強化するためのものでしかないと思うんですよね。
現実という幻想を強化するために、現実以上のものが見えたと錯覚すること。
だからすべては愛であることを体感したとしても、現実にはいつもの自分で戻ってこないと、本当の覚醒体験とは言えないと思うんです。
その上でようやく、現実は幻想なんだなということが体感できるんだと思うんですよね。
かえってきて違う人間になってしまったら、それはまた別の幻想に移っただけですから。

こういうことを書いていると、頭がワーッとなってきますね。
ぐちゃぐちゃというのも違う、何か空を飛んでいるような、地面を潜っているような、その実パソコンの前でキーボードをたたいているだけのような。
長期間にわたって、自分のことを記録し続けるということは大変なものです。
でも、そんな自分なんて存在しないんですけどね。
分離しようとしていくエゴと、それを見つめる聖霊。
その間に居続けることこそが、人間というものなのかもしれません。
posted by どらっくす at 11:58| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月30日

「ACIMで行こう!」を読む。おめでとう、ありがとう。

「ACIMで行こう!」を読む。


ACIM?いったいなんだろう?と思いつつも、なぜか読み始めてしまった。不思議なこともあるものである。
読み始めてすぐにACIMが「奇蹟のコース」のことなのだと書いてあった。なるほど、奇跡のコースは知っている。
以前にも関連の本を読んだことがあるし、その時はすごく勉強になった。
ということで、わくわくして読み進めていく。

ようは、ACIMを学んでいく主婦の体験談なのだけど、奇跡のコースとはいったいなんなのか?ということがわかったような気がする。
わかったような気がするどころか、何か少しだけ、自分自身が変わったような気すらしている。
つまりまあ、変わったからこそ、ブログを書こうという気分も出てきたのである。
完全にスランプに入ってしまったというか、何を書いたら良いのかわからない、そもそも書くことに何の意味があるのかわからない、という日々がここのところ続いていた。
ああ、ブログ……まあいいか。
そんな日々だったわけである。

それが「ACIMで行こう!」を読み終えて、また書くかという気持ちになった。
ACIM的に言えば、聖霊に書くことに対する不安を捧げ赦したら、また書く方に聖霊が導いてくれた。といったところだろうか。
まあなんでもいい。
そう、なんでもいいのである。
この「なんでもいいや」という感覚で生きていくためには、自分という存在が非常に邪魔である。
どうにか自分が消えてくれないかなと思っていたら、仏教の本に「そもそも自分なんてものはいない」と書かれていて、「え?マジかよ!やったぜ!!」なんてガッツポーズしたものである。

そういうわけで、立ち止まることなんてないのではないだろうか?と思っていたのだけれど、結局立ち止まってしまっていたのが最近。
良い時もあれば、悪い時もある。
時の流れの中で、一冊の本との出会いが流れを変えてくれることもある。
変わったのではないかもしれない、時の流れに乗るのをやめることを思い出したのだ。
なにしろ時は流れていないんだし。
時間は過去に向かって流れているわけではない、今にすべてがある。

余談だが、苫米地英人さんの天才的な発想によって、この感覚はすごく理解しやすくなった。
苫米地さんはまず、時間は過去から未来ではなく、未来から過去に流れているという話をした。
それが十分に浸透したところで、こそっと本当はどっちにも流れていないんだけどね。という本も出したのだ。
でも大体の本には今も未来から過去という話が書かれている。
人間、流れていると思っていたものが流れていないと言われると理解しがたいが、流れが逆と言われるとすんなりと理解できる。
そして逆に流れることもあると知れば、まあ流れてないってこともあるか、と納得もできるのである。
流れていないというか、渾然一体となっているのだろうというのが想像できる。余談終わり。

そういうわけで、なるほどつまりすべて赦していくことができるのだなということを学ぶことができた。
そうして嫌な気持ちになる度に許し続けていたら、ブログを書く気持ちが出てきたのである。
自分もいない、なら他人もいない。
ここには誰もいない。
だったら何をする?
それが書くだった。
これもまた聖霊の導きなのだろう。
ありがたや、ありがたや。

ありがたいのかどうかはわからないけども。
そうそう、読みながら頭の中にエヴァンゲリオンの最終回のイメージが出てきた。
例のおめでとうおめでとうのシーンである。
おめでとう、と言われたら、ついついありがとうと言いたくなってしまう。
すべての物事に先んじておめでとうと言ったら、ありがとうが返ってきてしまうかもしれない。
ここにおめでとう教が誕生したのである。
おめでとう、ありがとう。
posted by どらっくす at 10:13| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

「邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相」事件のことは知っていても、中身までは知らなかった。

NETFLIXで「邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相」を見る。
NETFLIXのドキュメンタリーはおもしろいものが多いですが、これもまたとてもおもしろい。いや、おもしろいというのは少し不謹慎かもしれない。

一度見だしたら最後まで見てしまう魅力がある。
爆死のシーンも映るので、そういうのが苦手な人はやめておいた方が良い。
人が死ぬのを見て、気分が良いという人はあまりいないだろうし。
映像が残っているのも驚きだけど、当時は全米で中継されたらしい。

自分の中では、首に爆弾を巻かれて、無理矢理銀行強盗をさせられた挙句、殺されてしまったという事件だと認識していたが、このドキュメンタリーを見てそんな単純な印象はぶっ飛んだ。
これほど入り組んだ人間関係の中で起こった事件だとは、まったく思っていなかった。
真実が何なのかはわからないまでも、浮かび上がってくるものの中に真相はあるのだろう。
あまりにもおもしろかったので、事件についてネットで調べてみたが、日本語でわかる情報であるならば、このドキュメンタリーが一番詳しいものではないかと思う。
事件のあらましを見て興味がわいたら、このドキュメンタリーを見ればバッチリである。

事件が起こったのが2003年。
そこからこれだけ長い間取材を続けるというのは、並大抵の気力ではなかったと思う。
ドキュメンタリーというのは、もちろん撮り始める段階で、ある程度答えを決めてから撮り始めるのだろう。
しかし、長期間になればなるほど、映像が溜まれば溜まるほど、真実からは遠ざかっていくようなに感じるのではないだろうか。
最終的に、一つの作品として成立するために重要な証言を得ることができたのは、製作者の執念の賜物であろう。

だが、その証言すらも、おそらくは少し疑っている部分もあると思う。
最後のテロップの意味は、そういうことなのではないかと感じた。
結局のところ、何が真相なのかは、見た人間がそれぞれ推理すればいい。
一つの事件を追ったドキュメンタリーとして、抜群におもしろい。
見る側としては、それだけで十分なのだから。
点数をつけるなら85点。

こういう真相であって欲しいけど、確たるものは得られなかった、という製作者の無念さも感じる。
誰がやったのかはわかっていても、なぜ起こったのか?そこで本当に何が行われたのか?を知ることは難しい。
人間は嘘をつく。
自分の身を守るため、自分の行動を正当化するため。あるいは、本当に頭が狂っていることもある。
だが、嘘ほどおもしろいものもない。
他人が作り込んだ嘘を見ることで、何か真実を発見した気になることはたのしい。
自分が巻き込まれていなければの話だが。
posted by どらっくす at 21:24| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

「OCD〜メンタル・クリニックは大騒ぎ〜」を見る。明日は玄関の鍵を閉めたかが気になりそう。

「OCD〜メンタル・クリニックは大騒ぎ〜」を見る。
日本語吹き替えで見ましたが、どうやらスペイン映画のようですね。

内容としては、強迫性障害を抱える人たちがクリニックに来たのだけど、医師の到着が遅れていて……。
という感じでした。
ここまで極端ではないにせよ、自分も強迫性障害的な部分があるんじゃなかろうか?という気分になりました。
この映画では、行動として出てしまっている人たちが登場します。
あっ、真面目な映画ではなくて、コメディ映画ですね。

深刻に悩みを解決していこうというよりは、なんとなく流れでお互いの行動や癖をうまい具合に解決できないかな?という風になっていきます。
最後まで見ると、なるほどなと納得できる部分もありますね。
どちらかというと小品的で、空いた時間にちょっと見てなかなかおもしろかったな、というタイプの映画です。
それぞれの症状、例えば潔癖症であったりとか、そういうのを見て影響されちゃう人は、見るとソワソワしちゃうかもしれません。
家の鍵とか、ガスとか、そういうのが気になるやつなんかは自分はもろに影響受けちゃいますね。
明日は、すごく気にしてしまいそうです。

あと、毎日のように、すごく不安になった時に「でもいずれ死ぬし」と確認して少し落ち着くということをしているのは何かの障害なんでしょうか?
それはまた別の病気かもしれませんね。
ネットを開いて「あれ?何を調べようとしてたんだっけ?」なんてこともあります。
それはただの物忘れです。
今も明日の天気を調べようとして、Google検索のところでしばらく考え込んでしまいました。
明日の天気を調べるか、映画の感想を書くか、どっちかに集中しなさいよ。ほんとに。

ついでにこの映画の情報も調べようとしたんですが、まったく出てこないですね。
原題と思われる「toc toc」で調べても、海外のサイトが多少出てくるぐらいです。
NETFLIXのこういう海外のよくわからない映画を持ってくるセンスは好きです。
いかにもB級という雰囲気ではなくて、サラっと見ることのできる作品でした。

点数をつけるなら72点。
期待して見るとそれほどでもなく感じ、期待しないで見るとおもしろい。
それぐらいのちょうど良い映画でした。
posted by どらっくす at 01:57| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月30日

「クィア・アイ」を見る。5人のゲイのおかげで人生をポジティブにとらえる人間に変わっていく。

「クィア・アイ」を見る。

見るものがたくさんあるけど、何を見たものか?とわからなくなってしまいがちなNETFLIX。
そういう時は、オリジナルコンテンツを見るようにしてます。せっかくNETFLIXに登録しているわけですしね。
NETFLIXはドラマももちろんおもしろいんですが、アメリカのバラエティ番組的なものもおもしろいんです。
そんな中で、たまたま見たのが「クィア・アイ」でした。

どういうわけだかNETFLIXは同性愛関連のものがわりとあったりするんですよね。
今のアメリカはそういう流れが強いんでしょうね、日本にいてもなんとなくは感じますけど。
内容はゲイの5人組「ファブ5」がださい男を改造してかっこよくする、というものです。
自分としては、ファッションにあまり興味がないので、楽しめるか不安だったんですが、見ていて人生観が少し変わりました。
ファッションに興味がない、というのは、自分自身を守るための言い訳に過ぎない。
部屋が汚い、も同じ。
そういうことをゲイたちがやさしく教えてくれます。きついジョークもあったりしますけどね。

まだ3回までしか見ていませんが、毎回涙ぐんでいます。
服をオシャレにして、部屋を綺麗にする。
その体験を通して、人生そのものを諦めていたような男性たちが見事に変わっていくんです。
出てくる男性たちが自分にすごく重なるんですよね。まあ、わりと金持ちそうなところはだいぶ違いますけど……。
そういう人たちが、目に見えて明るくなるのを目の当たりにすると、自分も変わることができるんじゃないかな、という気がしてくるんです。

いや、実際見てからちょっと変わってきてますね。
ちょうど他にも読んだ本の影響であったりとか、色々と自分の気持ちが上がってくる要因はあったんですが、クィア・アイの影響も確実にあります。
人生をポジティブにとらえられる。
そういう作品ですね。
点数をつけるなら85点。
早く次のシーズンが決まると良い、と思ったら、もう決まっているようです!
これはたのしみだ。
posted by どらっくす at 11:31| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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