どらっくすのちゃんぷる〜日記。

日記?の更新は基本的に毎日22時から24時の間くらいにしています。

2017年03月02日

生きていないように生きていくのだ。

どうでも良い記事などというものがあるだろうか?いやない。
というわけで、今日もなにがしかを書いていくわけである。ネタがないわけではないのだけれど、書こうという気になるネタは少なかったりする。そういうネタもちょっとした記事として書いていけば、更新数も増えるかもしれない。別に更新数を増やしたいというわけではないのだけど、一日一記事と限定してしまうのもまた違う気がする。書きたいだけ書けば良いし、書きたくなければ書かなければ良いのだけど、書かないというのはなんだか自分が許せなくなりそうなので一つぐらいは書きたい。

とにかく日々色んなことを感じているし、感じていなかったら死んでいるわけである。死んでいるというのは語弊があるか、生きていないのである。別に生きることにこだわりがあるわけではないので死んでしまっても良いのだけど、寿命で死ぬのであればあと1300年くらいは生きたいものである。1300年も生きていたらおそらくすることもなくなるだろうから、今はゆるりと生きていけば良いのではないかと思っている。そんなことをいって、1300年も生きないのだろうから、今できることは今やっておいた方が良いという意見にうなずくことはできるのだけど、やるかと言われればやらない。そういう人間なのである。きびきびと燃え尽きるように生きるくらいなら、1300年生きる可能性の方にかけよう。

生きていないというとやたらに批判される向きもあるが、本気で心配してくれる人もいるだろう。だから世間ではそんなことは言わない。ブログに書くだけである。なにしろ生きてないなんて言ったらいつ「もっと熱くなれよ」などと励まされるかわからない世の中である。言わない方がよろしい。
さらにいえば、ブログに書いてあることだって本心かどうかはわからない。本心からして生きていないのか、あるいはネット社会において受けが良さそうだと言っているのか、本当のところはわからない。わたし自身にもわからないところが少しおもしろいところである。

自分のことなんてわからない、他人のことなんてわからない。だからまあ人の目に触れたり、直接話したり、そんな時くらいは明るく振舞ったり相手を励ましたりもする。一人になった時に、いったいあの自分は何者なのだろうかと考えたりもする。だが結局、すべてが自分なのである。誰かといれば笑うし、一人の時だって笑いもする。色んな自分がいて良いのだ。まっすぐに前を向いて歩くことだけが正しいのであれば、わたしは正しくなくていい。できるだけ時間をかけて道草をくい、途中で野垂れ死にするだろう。正しいか間違ってるかなんてどうだっていい。後悔したって良い。わたしはただのんびりと、生きていないように生きたいのだ。
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2017年03月01日

まあなんというか、書くことがない日というのも当然あるわけで。

マットレスを買い替えたおかげでだいぶ腰もましになってきました。よかった。
そうなるといよいよもって、運動をしない理由がなくなってしまって困ってしまいます。またもや身体的な言い訳を何か発見するかもしれませんね。膝が痛いとか。
ここ最近は暖かかったのでそうでもなかったですが、今日は比較的寒かったのでなんとなく膝が痛かったような気もします。なんという創造的回避でしょう。でっち上げてでも運動をしたくないのだったらしなくても良い気もします。

今日は頭の中がからっぽのままだったというか、なにか考えていたような気がしないんですよね。気が付いたら一日終わっていたという感じで。
だからなんだか何を書いたものかわからぬままな感じで書いています。そういう日はよくありますが、あんまりよくあるのもなんですから、毎日何か書くことはないかと考え続けることは大切なのかもしれません。

したくないことについて考えてみたんですが、落ち着いて考えてみると世界制覇をすることが一番やりたくないことですね。世界は勝手に動いてくれている方が良いです。自分の思い通りに世界が動いてくれてもそれはそれで困ります。だいたいダラダラするのだっていちいちめんどくさそうだし。世界なんて制覇するものではないですね。
できることなら心穏やかで死んでいきたいものですから、今は心を落ち着けていくことに集中したいです。まあでもお金を使うのは好きですから、どう使うかを考えるのも良いかもしれません。むしろ使うこと自体よりも使い道を考えているときの方が好きかもしれませんね。
よし、これぐらい書けば十分でしょう。おわり!
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固めのマットレスにしてみたら、寝心地がすごくよくなった。

どうにも腰の痛みが治まらず。原因はベッドとわかりきっているので、いよいよマットレスを新調することにした。
散々迷ったあげく、ニトリで硬質マットレスというのを買った。五千円なり。
家に帰り試に寝てみて驚いた。こんなに楽になるのか。無理をしていたつもりはなかったのだけど、一度変えてしまうと今までは無理をしていたのだということがわかる。寝転がっただけで、昨日までとは明らかに寝心地が違う。ぐっすりと眠れそうなのである。ああ、早く寝たい。

低反発と最後まで悩んだのだけど、低反発で寝ているところを想像してみると、どうしても今より腰が痛くなる図しか思い浮かばなかったのである。もっと良いベッドに寝ていればまた違うのかもしれないが、今のベッドにおいては柔らかいところに寝るよりも固いところに寝た方がかえって楽になるような気がした。
マットレスを試すことは多少ならできるわけだけど、結局のところ自宅のベッドにおけるわけではないというのが一つの罠になっている気がする。
いくらマットレスを良くしても、ベッドが悪ければ効果は薄くなってしまう。特に低反発の場合はその効果が顕著に表れるのではないかと思う。
普通に寝ていて腰が痛くなるようなベッドに寝ているのであれば、まずはその効果をリセットできるような固めのマットレスを敷く。その上でさらに低反発を置くかどうかは好みでやるという方が、うまくいく可能性が高いような気がする。

こんなに寝ることがたのしみにできるなんて、今日は奇跡の一日であるな。間違いない。
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2017年02月27日

SSDを買って快適な環境を整えるよりも、ソフトを買って満足することを選ぶ。

SSDを買うかどうかで小一時間悩んだのち「その金でゲームを買った方が楽しめるのでは?」という当たり前のことに気がつきやめる。快適なゲーム生活のためにはあった方が良いかもしれないけど、そもそもやるものがなければいくら快適でも仕方がない。
環境を整えることも大切ですが、何が自分にとって大事なのかをもう一度見直してみることが必要ですね。

悩んでしまうパターンとして、情報が不足しているという場合は情報を集めることが大事です。しかし、そもそも目的が定まっていないということもよくあるパターンなのです。自分の場合は、ゲームをすること自体ももちろん好きではありますが、ゲームをたくさん所有している状態というのも好きなのです。
もちろん快適にプレイできるのであればそれに越したことはないですが、本当に必要なのはどちらなのかということを考えれば、やはりソフトを買うことなのです。

ゲームに対して何らかの不満があるときに、思い切って次のゲームにいける状態にあることこそが、自分にとっては大事なことなのです。そこを見失ってしまい、快適にプレイできないから環境を変えたらなんとかなるかもしれないという方向に行ってしまったのは、FFというゲームに対して自分の中でも多少の思い入れがあったからなのでしょう。
快適にすることにお金を使うのであれば、同じお金で違うゲームを買うことの方を選ぶ。これはお金のあるなしに関わらず、自分にとって何を優先するかということを決めたということでもあります。もちろん莫大なお金があれば、両方買えば良いじゃないかという話になるでしょうけども、そんなお金は少なくとも今手元にあるというわけではないのです。将来はわかりませんけど、今あるわけではない。

あるわけではないときがあってくれたというのはまさに奇跡です。もしたくさんのお金を持ってしまっていたら、何を優先するかを決めることは難しかったでしょう。自分は環境よりもソフトの数を優先する人間なのだ。ということを少なくとも決めることができました。もちろんこれは今であって、いつもそうであるとは限りません。でも少なくとも今はこうなんだとはっきり決めることができる。
これが人生を選択していくということなのではないかと思います。
情報によってどちらが良いかを決めるのではなく、あくまでも自分自身の目的を見据えて決めることができた。これが行えたというのは、まさに奇跡でしかありません。
今日もまた自分の中の奇跡を発見してしまった。また明日も発見できるように願っています。
posted by どらっくす at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

今の自分が置かれている状況を正確に把握しなければ、トイレに間に合うことは難しい。

今日はお腹が痛くなりました。昨日は尿意だったわけですが、今日はレベルアップして腹痛。神は越えられるしれんしか与えないといいますが、少しずつレベルアップしてくるスタイルなのでしょうか。そうなると、明日いったいどんなトイレがらみの事象に襲われるのか、不安になって来ます。奇跡的に今日は間に合いましたが、明日はさらに状況が厳しくなる可能性もあるわけで、このまま尿意や腹痛がレベルアップするぐらいなら良いんですが、万が一にもトイレに間に合わないということが起こってしまったときに、それでも奇跡を感じることができるのか?怖くもあり、楽しみでもあります。

日々、なるべく奇跡を感じるようにしてみてから「これってもしかして奇跡?」ということが頻繁に起こるようになりました。奇跡というのも現実の一側面に過ぎないといってしまえば、いささかロマンを無くしすぎな気もしますが、自分の気の持ちようによっては存在しているだけで奇跡ということを毎日感じることだってできるのでしょうから、奇跡を毎日感じられるようにこれからも心を落ち着けていくつもりです。
焦っている時ほど世界をとらえることが難しくなります。存在しているだけでも奇跡だと感じたければ、まずは世界をとらえることが大切です。膨大な情報の渦に巻き込まれてしまっては奇跡もただの日常になってしまいます。

膨大な情報を得ながら処理していくことが大事なのであって、処理しきれないほど抱えてしまっては何も見えないのと同じです。見えなくなるほど抱えてしまったら、まずはすべて捨ててみる。心を落ち着けて、今見えているものを確認することが大切ですね。
そうして自分を見つめ続けることができたものだけが、三日連続でギリギリトイレに駆け込めるという奇跡を起こすことができるのです。もらさなくてよかった。
posted by どらっくす at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もう漏らすかと思ったところで駅が現れた。

駅から駅までの距離がそんなに遠くない時に、わたしはなぜだか歩いてみたくなってしまう。特に今日みたいに天気のいい日には。
どうせ歩くのなら、いつもと違う道を歩きたい。せっかくなのでいつも通る道はやめて線路の向こう側の道を歩くことにした。今まで知らなかったところに小さな商店街があったりして、それはそれで楽しかった。

あまりにも楽しかったので、このまま歩けるところまで歩いてしまおうと決める。まだまだ歩き始めたところであったし、歩こうと思えば二時間くらいは歩けるはず。そんなことを思いながら、どこまで行けるだろうとわくわくしていた。
いつもの駅を通り過ぎ、次の駅を目指す。知らない通りを過ぎ、知らない店の前を通り、知らない人たちの中に混じる。同じ日本ではあるが、隣の町に移れば違う町であり、違ったルールが存在するのだろう。自転車の止め方、横断歩道の渡り方、微妙に自分とタイミングがずれるのもなんだか楽しい。

だが、そんなたのしさも長くは続かなかった。トイレに行きたくなったのだ。
知らない町で尿意を覚えたときの心もとさといったらない。なにしろどこにトイレがあるのかわからないのだから。それでもここは日本である。トイレぐらいすぐに発見できるはず。
などという考えは甘かった。まったく見つからない。どこにもない。たまにあるお店も、昔ながらの八百屋や魚屋であり、とてもトイレを借りられるような雰囲気ではなかった。いや、もしかしたらお願いすれば貸してくれたかもしれないけど、トイレを借りる勇気がなかった。

今日ならばどこまでも歩けるかもしれない。ほんの三十分前まではそんなことを思っていたのだが、どこまでも行くどころかトイレまで持つかも怪しかった。余裕はなくなり、頭の中はトイレでいっぱいになった。
もはやこれまでと思いながら、商店街から別れている太めの道に入ると、突然目の前に駅が現れた。何の標識もなかったのに、なぜあんなところに駅があったのか、今でも不思議ある。だがあった。
あったからには仕方がない、急いでトイレに駆け込み用を足した。ちょうどいい具合に電車が来たので、そのまま乗って帰ることにした。乗った駅は、いつも乗る駅から二つ進んだところであった。

知らない場所を見事に歩いたこと、そして知らない道を入り、見事に駅を見つけトイレに間に合ったこと。
併せて考えてみると、どう軽く見積もっても奇跡である。
今日も無事に奇跡を起こすことができたのだ。ありがとうわたし。
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2017年02月25日

トイレに行きたい時に限ってやたらに踏切がカンカン長い。

腰痛治まらず。パソコンモニターの位置を下げるために大幅に机の上を片づける。もしやこのための腰痛なのかもしれぬと思うも、いまだ痛むので気のせいであろう。
何でも良いように捉えようとするが良いとは限らず。どうにもできぬこともあり。
踏切にて長時間待つ。電車来ず、来ても開かず。閉じ込められらたかのよう。10〜15分に渡り、踏切の前に立ち続けるなり。尿意をもよおすも、踏切いまだ開かず。後ろの男、煙草を吸いだす。たいへん煙い。
男女背後にて会話しだす。
「この踏切まじ長い。最大で6本待ったことあるし、おかしい」
たしかにおかしい。だが女人来てからはまだ2本なり。われ、すでに3本の電車を見送りて、残り1本であろうと予測す。予測当たりて踏切開く。尿意いまだ我慢の限界をむかえず。無事にトイレにて済ます。これまさに奇跡なり。
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2017年02月23日

腰が痛くなったので新しい寝具を買おうと思ったけど、やっぱり家にあるものでなんとかすることにした。

どうにも腰が痛いです。
最近は床で寝ていたのですが、一昨日からベッドにしたのが良くなかったのか、思い切り息を吸い込んだりすると痛みが出るようになりました。もしかしたら別の要因もあるかもしれませんが、ベッドで寝ていることで今まで取れていた疲れが取れなくなったのも原因の一つかと思っています。

そこで新しく寝具を買おうと考えました。この時点で冷静ではなかったのでしょう。どうせなら低反発とかいろいろなことを考えながらわくわくして買いに行きました。わくわくしていることが行動の指針になるというのはよく言われていることですから何の問題もないはずです。

途中で腰がまた痛みだしました。その時に今日は瞑想をしていなかったことを思い出したのです。瞑想と言ってもいろいろな方法があります。ちょうどまっすぐな道だったので、歩きながら自分の歩みに意識を集中する、いわゆる歩行禅をすることにしたのです。
見上げれば夕日がまっすぐな道の向こうに輝いています。なぜこの夕日に気がつかなかったのか、腰の痛みは赤々とした夕日に気がつかせるために起こった奇跡だったのかもしれません。

心を落ち着けて歩いた後に、再びお店に向かって歩いていきました。しかし、どうにも気が乗らなくなってしまったのです。お店に着いてものをみても気持ちが回復することはありませんでした。
あるもので対応してみて、ダメならまた床で寝れば良いではないかということに気がついてしまったのです。
「とはいえそんなに都合よく……、あっヨガボールの空気を抜いて敷いてみたらどうだろう?」
思いついてしまえば、そちらの方が新しく何かを買うよりも魅力的なアイディアに思えてきます。

家に帰って早速やってみました。思ったほどしっくりとはきませんでしたが、使わずに転がっていたヨガボールの使い道ができたことで部屋の景色が変わりました。
これでもよっぽど痛むようならば、また床に布団を敷いて、ベッドは物置として使えば良いだけの話です。
またもや奇跡を体験出来て喜んでいます。
腰よ、治れ!と言って治ればもっと奇跡ですけどね。そういうのはまだ起こせないようです。
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2017年02月22日

梅の花と飛行機雲。

ずいぶんと長い時間歩いていたら疲れ果ててしまいました。おまけに自動販売機が見つからない、喉がからからに渇いているのに飲み物も飲めない。倒れるというほどではないにしろ、だんだんと体が重くなっていきました。
重い体をなんとか引きずっていたはずなのに、ふと少しだけ体が軽くなってきていることに気がつきました。なんだろうと辺りを見回してみてもなにもない。もちろん水も飲んでいない。不思議に思っていると、甘い香りが漂っていたのです。もう一度あたりを見回してみると、赤よりも淡く桃色よりも濃い色をした梅の花が咲いていたのです。
ああ、もう梅が咲く時期になったのだな。

梅の香りを通り過ぎてしまうと、またもや体が重くなってきました。まだ自動販売機は見つからず、水道も見当たらない。それでも少しは元気になったので、なんとか歩いておりました。空は青く、まばらに雲が浮いています。浮く雲の隙間に、なにやら動くものが見えました。飛行機です。
飛行機はグングンと飛んでいき、後ろには飛行機雲を連れています。雲と雲の間を飛行機雲で繋いでいく、いったいどこまで飛んでいくのか。飛行機雲を追いかけて、わたしがただただ歩いていると、ちらりと見えた自動販売機。

やっと飲み物が買えました。暖かなブラックコーヒーが体の中に染みわたり、ホッと一息つけたのです。
まだまだ歩いていけるでしょう。わたしの歩みを繋いでくれた梅の花と飛行機雲。
目を向ければ何気ないことも奇跡と思えるものですね。
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2017年02月21日

わたしは立ち尽くすのをやめ、強風によって舞い上がる砂埃の中へ走り出した。

今日は寒い上に風が強かったですね。あまりにも風が強すぎて色んなものが飛んでいました。袋とか、枝や葉っぱ、自分も風に流されて道をふらふらしながら歩く始末。風の力は侮れないものがあります。

そんな中でもめげずに歩いていたら、歩道の横に広大な畑が現れたんです。普段歩かない道を通るとこういう素敵な出会いがあるよなあ、なんて思っていたのも束の間。畑からものすごい量の砂が飛んできていました。
歩道がもはやちょっとした砂漠になってましたね……だいぶ盛りました、でも砂場くらいにはなっていたのです。しかもまだまだバンバン砂が飛んできていて、本当に砂漠になってしまうのではないかと危惧しておりました。ああ東京砂漠。

しかしながら本当に危惧すべきなのは、そんな砂嵐の中を通り抜けなければいけないという事態の方でした。困ったことに迂回することもできませんでした。大きな道路の迂回路を進んでいるところでしたので、迂回路を迂回する道まではさすがに用意されていなかったのです。
はて困った。完全に砂まみれになってしまう。だいたいこんな砂嵐の中を行くのは危険じゃないか?なんてことを考えていますと、前からちょうど自転車がやってきました。ぶわっと風が吹くと、一瞬見えなくなるぐらいに砂埃が立つような状態で、通り抜けてきたときにはホッとした顔をしておりましたよ。

ここを通るのかい……。
でも通るしかなかったので思い切って行くことにしました。どうせなら少しでも砂にまみれぬように全力でダッシュだ。覚悟を決めて砂嵐の中に飛び込もうとしたその瞬間!

スッと風が止んだんです。

一度走り出したので、そのまま歩道に溜まった砂が途切れるところまでダッシュし続けました。無事に通り抜けた直後に、背後を砂嵐がぶわーっと通り過ぎていきました。すんでのところで砂まみれになることを避けることができたのです。
これを奇跡と言わずして何と言おうか。
ちょっとしたことかもしれませんが、世界にはこういうちょっとした奇跡がまだまだあふれているし、その奇蹟が自分に起こることだってあるんです。普段だったら見逃してしまっていたかもしれませんが、今日気がつくことができた。もしかしたら明日からも毎日、似たような奇跡と出会うことができるかもしれません。
何だか明日が楽しみだな、小さな奇蹟を探していこう。
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2017年02月19日

Audibleで苫米地英人さんの「スピリチュアリズム」を聴く。

Audibleをかなり使っています。今日は苫米地英人さんの「スピリチュアリズム」を聞きました。
音楽を聴くような感覚で本を聴けるというのはありがたいものです。ラジオを聞く時間が減り、オーディオブックを聞く時間が増えるとどうなるんですかね。情報的には濃密になっている気がします。
あとはこれがどれくらい自分の中から出てきてくれるかというところではありますが、今のところあんまり出てきてくれるような感じはないですね。少しずつ積み重ねていくしかないのでしょう。
だいぶ長いこと自分の中に入れる作業をしていなかったですからね。また本を読むことも再開できているので、だいぶいい感じに回ってくれそうな感じはしています。
しっかりと目を開いて生きていきたいものですね。
posted by どらっくす at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

Audibleで、読むのはめんどくさいから今まで手を出さなかったけど読んでみたかった本を聞く。

AmazonのAudibleというサービスに登録してみました。オーディオブックの定額配信サービスです。3倍速再生が可能なのはうれしいところです。
ただ何があるのかわかりづらいのは良くない点ですね。Amazonがトップに表示してくれないことには存在しているのかどうかわからないという。一応特集が組まれてはいるので、そこを使えばなんとかというところなんですけど、あらかじめパソコンでライブラリーに登録しておいた方がスムーズです。スマホだけだと面倒だと感じました。kindle unlimitedだと次の巻やおすすめを教えてくれるんですけど、Audibleは今のところおすすめしてきてくれないので、探すだけでもちょっと大変です。ただPCでの検索もやりやすいというわけではありません。これはAmazonの定額サービス全般そうなんですけどね。
プライム会員なので3か月は無料体験できるのですが、3か月後にはあらかた聞きたかったやつは聞き終わることができてしまいそうです。あとは1か月でどれくらいコンテンツが加わってくれるかですね。あまり加わってくれないようだと続けていくには厳しいかもしれません。
サービスとしては気にいっているんですけど、聞きたいものがありすぎて困るぐらいないと継続は考えてしまいます。あとは読んでいる人が好みかというのも気になりますね。妙に感情を込めて読む人だったりすると自分は苦手です。淡々と読んでくれている方がうれしい。
目を使わなければ出来ないことが多い中、耳を使うだけで出来るオーディオブックというのはありがたいものです。聞いていると意外と脳も使いますけどね。遠野物語を聞いていたら疲れたのか途中で寝てしまいましたから。
読む気はしないけれど、なんとなく気になっていた本に対して、聞くというアプローチができてくれたのはうれしいです。どんどん聞いていくぞ!
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2017年02月16日

動けない日もある。

ようやく少し暖かくなってきましたね。なんとか生きていけそうです。今日はちょっと気持ちが上がって来なかったのだけど、そういう日もあるものです、本は読めませんでしたが。
しかし、気持ちや体調に左右されてしまう程度なわけですから、たいして読みたいということもないのかもしれません。「ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎」という本を買っては来たのですが、まだ開いてもいません。
もしかしたら糖質を制限しすぎていてイライラしているのかもしれません。そんなに制限しているという気はしないのですが、以前に比べたらだいぶ少なくなっていますし。だからといってどうやって解決したらいいのか、単純に糖質を増やすというのも嫌ですし。どうしたものかを考えています。
とにかく動くことが大事なのかもしれませんが、どうにも動けないときだってあるのです。動けないときは動かないことを選択するしかない。動けないのに動こうとするから苦しいのだ。じっと動かずに、ただ眠る。それでいいじゃないか。
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メンタリストのファイナルシーズンを見終わる。

「メンタリスト」のファイナルシーズンを見終わりました。
レッドジョンを追っていたときよりもFBIになってからの方が好きだったので終わってしまったのは悲しいです。もうちょっとFBI編もやって欲しかったですけど、やっぱり大きな事件が終わってしまうと続けるのは難しいのかもしれません。
最期もハッピーエンドだったので、また繰り返して何度も見ることのできるドラマになりそうです。最初からまた見たいところですけど、他にもたくさん見たいドラマはありますから同じドラマを見ている時間があるかどうか。
主役のジェーンの復讐の物語でもあり、救われていく物語でもあったわけですが、レッドジョン事件のまとめ方に関してはあまり好きではなかったです。なのでレッドジョンがいなくなってから自分の中でどう見る動機を作っていくかが問題になるかと思ったのですが、むしろレッドジョン事件が解決してからの方が好きでした。
重苦しいドラマも良い部分はあるのですが、どこか飄々としていてくれる方が見やすくて好きなのかもしれません。さて、次は何を見ようかな。
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2017年02月15日

ソイとホエイとプロテインと、勘違いするわたし。

勘違いというのは誰にでもあるものです。特に思い込んでいるときには、本来なら見えているはずのものが見えなくなります。
先日プロテインを買ってきました。山本義徳さんの本を読んでいるうちにどうしてもプロテインが欲しくなってしまったのです。山本さんによるとプロテインの種類はソイプロテインよりもホエイプロテインの方がおすすめということで、よく選んでから一番安いものを購入しました。味はココア味。買ってからは毎日飲んでいます。
数日経ち何の気なしにプロテインのパッケージを見ていると不思議な文字が書かれています。そう「ソイ」という文字です。わたしは「ああ、このプロテインはソイプロテインも混ざったものなんだな」と感心しました。山本さんの本の中に、ソイプロテインとホエイプロテインを混ぜる方法も紹介されていたからです。
ですが、よくよくパッケージを見ていくとあるはずの文字がないのです。そう「ホエイ」という文字です。いやいや、そんなはずはない。あれだけパッケージを見て吟味したのだから入っていないはずがない。何度も見てみましたが、何度見たところで「ソイ」の文字しかないのです。
鈍いわたしでもようやく気がつきました。これは「ソイプロテイン」なのだということに。
本日、ようやくホエイプロテインを購入したので告白することができました。ちなみにウィダーのものを買いました。近所に売っていたのがウィダーのものだけだったので。同じ味を買うのもしゃくだったのでバニラ味。いまamazonで確認したところ、amazonの方が500円くらい安かったので、今すぐに飲んでどうしても今日必要だったということにします。

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2017年02月09日

ミスのあとのフォローが大事。

今日はちょっと出かけたりしていたのであまり本を読む時間を取れず。それでも本屋によってみると宇都出さんの新刊が出ていたので立ち読み。「ゼロ秒勉強術」というタイトル。書かれていることは今までの本と大差はないですが、より細かい実践方法が載っているので、これから著者の本をどれか買うのであれば「ゼロ秒勉強術」でしょう。自分のように何冊か以前に出された本を持っている人間なら、ざっと中身を確認してから買うか決めましょう。
雨や雪の日だと、外に本を持っていくのが嫌なんです。なので、こういう日は時間がありそうだなと思っても紙の本は持ち出さないですね。書いていて思い出したんですが、山本義徳さんの「タンパク質とアミノ酸 後編」は読んだんだった。専門的な単語が多いのでとっつきにくいですが、そういうことがわからなくてもどう取るかという部分だけを読んでも参考になります。自分もこの本を読んでプロテインを買ったんですが、うっかりソイプロテインを買ってしまいました。ソイだから悪いということはないですが、どちらかであればホエイプロテインを勧めていたので、うっかりなミスですがミスを防ぐことはできません。ミスした後にどうするかが大事なのです。ホエイを買ってきて混ぜて飲んだら、植物性も動物性も両方のたんぱく質が取れて良さそうだな。そうしよう。
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2017年02月08日

明るく生きていきましょう。

「量子革命」という本を読み始めました。まだ読み始めたばかりですが、これから少しずつ読み進めていく予定です。読んでいるうちに量子のことがわかるという類の本ではなさそうですが、歴史を知るという意味ではわかりやすく解説してくれていそうです。
カフェイン抜き生活を始めていますが、意外と今日の朝はすっきりと起きられませんでした。ただ、お昼ぐらいに眠気が来ることもなかったので、朝に感じていたよりはよく眠れていたのかもしれません。自分の感覚というのはあてにならないものですね。
量子というのも感覚とは違った側面を見せてくれるもののようですが、自分が眠いのかどうかわからなくなったりするのが人間ですから、人間が知ろうとしているうちはうまくいかないものなのかもしれません。
世の中のすべての物事は自分を攻撃してくる。その中で、明るく生きていくことこそが大事なような気がしています。何か目的がなければいけないとかそういうことは考えずに、ただただ明るく生きていくことができれば、それすなわちハッピーということです。
知ることの喜びは大きく、目標を達成することは気持ちいい。それでもそれらは後からついてくるものであって、あくまでも自分が明るくなければいけない。他人は攻撃をしてくるものだとわかっていれば、明るく生きていくためには自分で自分を守らなければいけない、そして自分を守るための一番強い盾は明るく生きることであるということがわかります。アイアムハッピーと千回唱えましょう。それが終わったらわたしの口座に一億円振り込んでください。そうすればあなたがハッピーになれるかわかりませんが、わたしはハッピーです。
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2017年02月07日

激烈に眠い。

現段階で気絶しそうなほどに眠気に襲われているのですが書かずにはいられない。
ちょっと思い立って、またカフェイン断ちをしています。といっても今回はまったく取らないのではなく緩めに午後6時以降は取らないくらいにしています。その効果が出ているのか、今の時点で目をつぶれば立ったまま眠れそうです。
最近眠りが浅いのを自覚していました。原因はいろいろとあるでしょうけれど、大きな原因として夜中に飲むコーヒーが挙げられるのではないかと推測しました。推測も何も夜中にコーヒー飲めば眠りが浅くなって当然ですが。
ただすんなりやめられるかというとそんなこともなくて、半ば眠る前の儀式としてコーヒーを飲むことが定着してしまったんですね。なのでどうしたものかと考えていたんです。
それで、夜に飲む分だけでもカフェインレスにしようと決めました。カフェインレスでも満足できないことはないということは以前からわかっていました。ただ普通のコーヒーよりも値段が高いのが気になっていたんです。でも、数百円をけちるなら快適な眠りを手に入れる方がよっぽど安くあがるだろうということでカフェインレスコーヒーを購入してきたのです。
結果として、見事にこの時間でも眠くなっているので正解だったのではないかと思います。しかも眠いの質がなんとなくではなく激烈に眠い。これならよく眠れそうです。
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2017年02月01日

自分はなにもしていない。

「ブラックリスト」の続きを見る。英語の勉強をしているわけではないけど、英語で見たいということでずっと英語音声と英語字幕で見ていたが、シーズン2になってから英語字幕がなくなってしまった。仕方がないので英語音声だけで見ている。話はわかるようなわからないような、でもそれで良い。シーズン2ともなるとリズの記憶がようやく戻りそうというところまで来ることもあるのだなあ、などと思いつつも結局はっきりとしないままに終わりそうな気もする。海外ドラマではっきりと終わってしまうと、それはそれでつまらなかったりもするのでそれで良いのだけど、一つ解決してもまた謎が出てくるのだからあまり真剣に見ても仕方がない。前後編ものだったりすると続けて見てしまうが、見た後に猛烈に眠くなってくる。集中して見るあまりかなり疲労するのだろう。
山本義徳さんの本を読んでタンパク質とアミノ酸を取ることの重要性を感じているのだが、こういった疲労にも効果はあるのだろうか。脳だって体の一部なんだから意味がないということはないだろう。プロテインも買ってみたいような気はするのだけど、なんとなく食事だけで十分な気もしている。ボディビルダーのような筋肉が欲しいわけではなく、なんとなく体に気をつかっている感が出れば十分なのだ。健康というのは神が与えてくれるものだとしたらどうだろう。自分の努力の結果だなどというのはおこがましいという気持ちで日々を過ごしてみたらどうだろう。なんだかすべてがありがたいような気がするじゃないか。
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すべてに身を任せる。

どういうわけだか今日はほとんど本を読まず。昨日読んでいた「タンパク質とアミノ酸 前編」の続きを少し読むだけになった。1月に入ってからの吸収モードのようなものが2月に入るにあたり終わりを迎えてしまったのかもしれない。だが、ここで立ち止まろうというわけでもない。まだまだ吸収できるものはあるはずなのだ。また、出す回数ももっともっと増やすことができる。
思えば、増やそうとすることをやめようとするあまり、増やすこと自体を悪とみなす流れを自分自身に作ってしまっていた気がする。今日、人と話している中で、自分自身で考えすぎている節があることに気がついた。何かが起こる前に起こったものとして体験した気になってしまい、実際の行動にまで行きつかない。
わたしは行動をしたいわけではない、行動を増やしたいとも思わない、できれば動きたくない。だからといって動かないのはまったく話が違うのだ。立ち止まること、考えること、動くこと。どれも等しく大切なものであり、どれを選ぶかはその時々の判断で行えば十分である。だが、そこにやる気などのコントロールできない要素を加味してしまうと、途端に判断がどうやって行われたのかがわからなくなってしまう。
何かをコントロールしようとするのではなく、さりとて諦めるわけでもない。流れに身を任せてしまっていいのだ。わたしの頭はどんどんおかしくなっていく。もう正すことはできない。流れるままに任せるだけだ。
posted by どらっくす at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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