彼女の膝の上に頭を乗せる。
多分これが最後の耳かきとなるだろう。
惨たらしくも生きながらえるよりも、今ここで生を終える。
私は密かに薬を飲んだのだ。
二度とこの世界に目覚めることのない薬を。
彼女と出会ってからもう何十年と経った。
細かいことは思い出せないが、これほどに愛することのできる人間を得る人生が不幸であったはずがない。
彼女の太ももを通して、薄らと感じる彼女の体温。
ガサゴソと音がする少し荒っぽい耳かきも、これで最後かと思うと名残惜しい。
「もう薬を飲んでしまいましたよ。」
「そうですか。」
「これで最後になります。」
「そうですね。」
私の意識は遠のいていく。
最後に何か、言葉を残したいような。
何も残していきたくないような。
少しの迷いだけが、残っていったような気がする。
彼女の名前は何だったろうか?
「お目覚めですか?」
「はい。」
「今回の死に方はいかがだったでしょうか?」
「うん。良かったのだけど、何か理想とは少し違っていたかもしれない。」
「別の死に方も試しますか?」
「そうしよう。」
今の時代、死に方すらも体験することができる。
もちろんバーチャルではあるが、本当に自分が死んでしまうかのようなリアリティのある体験だ。
中には体験している間に本当に死んでしまう人もいるそうだ。
それもまた幸せな死に方である。
「ああ、一つだけいいかな?」
「何でしょう?」
「どうも勘違いしているようなんだけど。」
係員の女性は、チラリとアンケート用紙に目を移してから小さくアッと呟いた。
「私は独身なんだ。」






