どらっくすのちゃんぷる〜日記。

日記?の更新は基本的に毎日22時から24時の間くらいにしています。

2017年01月17日

A。

友人のAがどうしても書けぬというので、それならば書くことなどやめてしまえと言った。どうにも書けぬのに書こうとすることがおかしいので、書けぬなら書けぬままにしておかなければならない。それができないのであれば書くなどということは諦めた方が良い。
するとAは「農家が野菜が取れぬからと農家をやめるかね」などという。「やめることもあるだろうね」というと黙った。
「もしやめるにしてもまったくの廃業というわけにはいかない。やめるなら死ぬしかないだろう」
「どうも君は小説的にものを考えすぎているよ。できぬなら別を探すまでだろう」
Aはまたふむと言ったきり黙った。
書けないのなら書けないと開き直る。これができないから彼は悩んでいるのだろう。だからといって悩むひまがあるのであれば一文字でも何か書けば良いのだ。こんなところでふむと言ったきり黙っているところを見ると、書けぬと言いたいだけであり、気にするほどのことでもないのだろう。
「農家は野菜が取れないときは自分のせいだと思うかね?」
Aがまた口を開いた。
「思わんだろうね」
「うん、つまりは私が書けないというのも同じなんだ」
「というと」
「だから書けないのは私が悪いというわけではない。様々な要因があって書けぬのであって、それは野菜がうまく育たないのと同じ」
「なるほど」
「ようやく心が安らいだ。君に話すと考えがまとまるよ。じゃあ私は帰って寝る」
「それはよかった」
Aは嬉しそうにわたしの部屋を出ていった。それがはっきりとAを見た最後だった。行方知れずだ。
心当たりを訪ねてみたが、結局居所はわからなかった。死んだわけではないだろうが、姿を現さぬのか、それとも現すことができぬのか。いずれにせよ彼の身を案じ、夜もよく眠れなくなった。眠れなくなると体調を崩すのだから人体はよくできている。わたしは布団から起き上がることもままならぬほどに弱ったが、それでも眠りは浅いままだった。
わたしはそれでもAの来るのを待っていた。Aはわたしを頼ってくれていたが、わたしもAを頼っていたのだ。むしろわたしの方がAを頼りにしていたのかもしれない。時折Aの幻覚を見るようになった。
だからその時も、おそらく幻覚だったのだろう。Aの幻覚はわたしを見下ろしていた。
「ずいぶん弱っちまったね」
「ああ、また君かい」
「またって、ずいぶんと久しぶりだよ」
「そうだったか」
「お前が弱ってるんじゃしょうがない、今日は帰るとするよ」
「まだいていいよ」
「まあそうもいかない事情もある」
わたしの意識ははっきりとしなかった。妙に現実味のある幻覚なのか、あるいは本当にAがそこにいるのか。思い出そうとしても思い出せない。
「いいかい、お前が弱ってたらオレは困るよ」
「そういってもらえるとうれしいよ」
「オレが弱ったときにお前はいつだって話を聞いてくれた。だがお前が弱ったときにオレは何も聞かないよ」
「そういう間柄だね」
「ああ、元気な時にお前に話すことなんてないし。弱ってるお前の姿は見たくない」
「わがままなやつだ」
「話したら元気が出たよ。やっぱりお前に話すのが一番だ」
わたしはもしかしたら本当にAが来ているのではないかと思い意識を奮い立たせた。だが部屋の中には誰もいなかった。ほんの少しだけ外の匂いがしたような気がした。
その日からわたしの体は回復していった。幻か現実かはわからないが、わたしが病気をしていたらAが困るのだ。そう思ったら寝ていられなかった。
ひとつ気になることもあった。もしあのAが本物のAなら、わたしに何を話に来たのだろう。また何も書けぬと泣き言を言いに来たのだろうか。次に来た時に聞けば良い。とにかく体を治すことだ。
その後わたしは数十年を生きた。Aがわたしを訪ねてくることはなかった。行方もわからなかった。訪ねてこなかったところをみると、きっと弱ることなく幸せに暮らしたのだろう。わたしは大きく息を吐き、目をつぶった。
「ずいぶんと困ったことになったよ」
「へえ」
「もしかしたら地獄行きだ」
「案外良いところかもしれないよ」
「そうかねえ」
「そうさ」
「お前は天国行きだろうね」
「どうだか」
「久しぶりに弱っちまったよ。どうしたもんか」
「気が済むまで話してくれたらいい。どうせ時間はたっぷりある」



毎度毎度、書く段階になって書くことがないなあなどと困ってしまう。困るぐらいなら書かなくても良いのだろうけど、それはそれでなんだか気になる。それで結局なんだか書いてしまうのだから、そういうものなんだと思うしかない。
きっと書くことっていうのは、その辺に転がっていて。時間が来るとたまたま出てくるようなものなのだろう。人間がいなくても野菜は育つし、人間がいなくても物語は生まれる。
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2017年01月16日

USBケーブル。

「USBケーブルがない」
ゲームコントローラーの充電が切れたのでUSBで充電しようとしたのだが、どうにも見つからない。よくよく思い出してみると、少し前に部屋の片づけをしたときに捨てたような気がする。
「なにがときめきで断捨離だ」
自分で捨てたのだが人のせいにしたくなる。いるものを捨てて、いらぬものを残すのが世の常とはいえ、人に言われてその気になって捨てたなどというのはバカらしい。特に本を読んだだけの時などはそのように思う。土台、本だけで人間が変わろうなどというのは無理な話なのだ。捨てれば得るものがあるなんていうのはまやかしであって、捨てたものはただ捨てただけ。入る余地がなければ入らないなどというが、今までの人生ではたして入る余地がないほどに何かに追い込まれたことがあっただろうか。物を捨てられぬことなどたいしたことではなかったのだ。大事なのは、捨てようが捨てまいが、自分の意思で決めたと生涯に渡って確信することなのである。
一時の熱情に浮かされてしまえば判断を誤る。部屋が片付かないことなどたいしたことではない。大事なことは捨てないと入って来ないのが本当だとしても、捨てたものはもう戻ってこない。だいたい野生の動物が物を捨てるか?捨てるどころか無駄なものを持たないだろう。つまりは、人間らしさというのはごみ溜めのような部屋の中に住むことと同じなのだ。
ひとしきり心の中で悪態をついたところで、わたしは大型家電屋にUSBケーブルを買いに行った。どうしても今ゲームがしたかった。いかに現代の通販サイトの配達が早いと言っても、わたしの足で買いに行くより早いことはない。
だいたいUSBというやつもおかしい。どんどん規格が変わりやがる。USBケーブルの一本も部屋の中に落ちていないわけではないのだ。むしろ過剰なほどにUSBケーブルはある。にもかかわらず端子が違って刺さらないのだ。2.0だ、3.0だはまだ良いが、B端子だのを考えたやつはどうしてそんなことをしたのか。あげくの果てにはミニとマイクロで違うときた。そんなに小さくしなくて良いから一本でどれでも使える方に技術を使え。
大型家電屋に着くとたくさんのUSBケーブルが置いてあった。
こんなにたくさんあって、どれがどれだか本気で理解している人間が世の中にどれだけいるのだろうか。専用ケーブルが多少高くても売れるのは選ぶのが面倒だからだろうが、選ぶのが面倒なのは売るためなのだろう。まったく頭がおかしい人間しかいないのだ。
だが、わたしの頭はおかしいなりにも多少はスマートなので、USBケーブルを選ぶのに迷うことはなかった。
マイクロだ。欲しいのはマイクロ。フェライトコア付き?なんだこれは?ノイズ低減?こっちにしておくか。ノイズ低減されるならほかのにも刺せるようにいくつか買っておこう。在庫がない?通販で買うからよろしい。
家にたどり着き、変えられるものはすべてフェライトコア付きのUSBに変えた。足りない分は明日には届くだろう。ノイズが減ったかどうかはわからないが、いらないUSBケーブルが増えたのは確かだった。
「断捨離……」
USBケーブルなど捨てても困るはずはないが、今日捨てるのはやめておこう。たかがケーブルじゃないか、どうしようもなくなったらチョウチョ結びにでもして玄関のドアに飾ろう。



USBケーブルのめんどくささといったら。ここ最近は、2.0を3.0に変えているところだったんですが、3.1とかもあったりして追いつける気がしません。
誰か僕の頭にUSBケーブルですべてのデータを入れ込んでください。1.0のゆっくりなスピードで良いから。
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2017年01月13日

書かぬ。

本当はもう書きたくないものを書いているのかもしれぬ。そうはいっても書くことをやめるわけでもない。限界というのはどこに作るものなのかはわからないが、少なくとも自分が書けぬと思ったところに限界を置いてしまっては書けるようにはならない。むしろ書けないと思うことこそが、書くために必要なものであるのかもしれない。
はたして書くとはいかなるものなのか。まったくもってわからぬものである。
何も書けぬ小説家などという人間がいたとして、それはただの役立たずではなかろうか。
「いえ、違うのです。書けぬわけではないのです。書かないだけなのです」
生涯に渡って、書かぬ小説家を貫いた男がいた。名はここでは仮にT氏としておこう。T氏はとにかく何も書かなかった。そればかりか読むこともしなかった。人間社会の端の方で膝を抱えて座っているような人間であった。にもかかわらず、小説家であるということだけは譲らなかった。生涯において、一つの著作も残してはいないが、彼はずっと小説家であった。
「書かなくてもいいよ。口で言って聞かせてくれないか?」
用意した原稿用紙を脇に置き、わたしはずいぶんと妥協して、T氏の物語をこの世に解き放とうとした。T氏が本当に小説家なのかどうかを決めようとまでは思わなかったが、物語の一つもすらすらと出てこないようではわたしが彼を小説家として認める必要はないだろうと考えた。
「嫌です」
T氏の答えは簡潔であった。そうしてそれ以上は踏み込ませないという決意がにじみ出ていた。わたしは後に続ける言葉もなく、そしてまたT氏を小説家否かを判断することもできなかった。判断できないのであれば、小説家として扱ったとしても不都合はなかった。何も書かないT氏をただのクズであると断じるものもあり、それに対する憐憫とそれらのものとは違うものでありたいという反発心もあったのかもしれない。
それからわたしはT氏を小説家として扱うことにした。そう思って改めてT氏を見ると、どこか小説家のように見えてくるのだから不思議だ。飯を食う所作ひとつを取ってもどこか小説家めいている。
わたしはどうしてもT氏の小説を読んでみたくなった。
「Tさん、お願いですからあなたの書いた小説を見せてください」
「私は書かないのです。書かないからこそ小説家でいられる」
「つまらぬものでもよいのです。ごく短いものでも構わない」
「どんなものであれ書きません。でもひとつ教えます」
「なんですか?」
「文字の羅列に物語はやどりません。日常の中にこそ、物語はやどるのです」
なんだかもっともらしいことを言って煙に巻かれた気分になった。だが、T氏の行動はどうにも小説家らしかったのだから妙に納得もしたのだった。その教えがT氏が最後に残した作品だったのか。あるいは自分の死を悟っていたがゆえの教えだったのか。ちょうど一週間後にT氏は亡くなった。
普段と何の変りもなく寝床につき、朝起きてこなかったそうだ。奥さんは「ゆったりした人ですから、つい起きるのを忘れたのかもしれません」と言って笑っていた。瞳の奥の悲しみが笑いの底に広がり続けていた。だが涙を流すことはなかった。
わたしも涙を流さなかった。T氏の死を受け入れはしたが、それでもどこか生きているような気がした。現に今もT氏の声を聞いたような気がする。振り返っても誰もいない、目の前にも誰もいない。気配も感じない。T氏は死んだ。だが、本当にT氏は死んでしまったのだろうか。わたしは布団の中でT氏の小説がどんなだったかを想像する。もっと強く書くように頼むべきだったかもしれない。
「私は書かないよ」
T氏の声がまた聞こえたような気がした。わたしは目を開ける、部屋は暗く、誰もいない。再び目をつぶる。わたしはこのまま寝て、明日の朝起きることができるのだろうか。
わたしは明かりをつけ、机に向かうと、T氏のために買った原稿用紙に何事か書き出していた。



書けないと思っても、意外と何か書けたりするもので。そういうときは不思議な気もするのだけど、当然というような気もする。
そろそろ書いたものをまとめるのも良いかもしれない。まとめるのはまとめるので、おもしろいだろうと思うから。
posted by どらっくす at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

きおく。

風が冷たくなったきたのはいつごろからだろうか。数日前か、あるいは数か月前か。
記憶が混濁しているのかもしれない、調整しなおさなくてはならない。
「明日の朝食は何にする?」
女が声をかけてきた。名前が思い出せないところをみると母親ではなさそうだ。
「クロワッサン」
女の名を思い出す必要はなかった。どうせこの記憶もすぐになくなる。
人が記憶を操りだしてからどれくらいの月日が経ったのか、もはやわかる人間はいない。記憶を操ることができるというのは真実を失うということでもあった。記録すらももはや信じられない。信じられるものをなくした人間たちは、争うことすらもやめたのだった。
「君は誰だったかな?」
「それに何の意味があるの?」
自分自身の存在すらも無意味であり、信じられるものは今だけだった。
明日の朝に、わたしはクロワッサンを食べるのだろうか?それとも別のものを食べるのか。
はたして出てきたクロワッサンは、わたしが食べたいと思ったものなのだろうか。
今、わたしが考えていることは、はたして本当にわたしが考えていることなのか。
そもそもわたしが存在しているのだろうか。
記憶を操ることができるようになり、人類はより発展し、世界は平和になった。だが、平和と引き換えに、わたしたちはわたしを消してしまったのだ。



序盤を書き出した時点で、ちょっと大きな話になりそうな予感がしたので早めに畳んでしまった。
暖かくなったり、寒くなったり、いったい気温の何を信じたら良いものやら。
記憶ってあいまいなものだけど、ぜんぶ操れるようになったら何を信じたら良いのかわからなくなりそうですね。
どこが最初に操りだしたところなのかわかっていないといけないけど、その最初自体がすでに操られている可能性もあるわけですし。
なんてことを考えていたら、今自分自身が考えていることだって怪しいものだということに気がつきました。
自分が本当に自分なのか、連続しているかどうかはわからない。
世界が全部偽物だとしても、やっていきたいことをやるしかない。
posted by どらっくす at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

まるい。

まるいものがすき。
なのでボールがすき。コロコロ転がして遊ぶ。どこまでも転がして遊ぶ。
世界の端まで転がしたら、落っこちてしまう。でもボールにつかまれば、海の上でも浮くから安心。
真夜中になったらなにも見えない。ただ暗いだけ。ボールも見えないから、暗くなったら寝る。
朝がくるのがすき。
太陽はまるいからすき。
今日がはじまったら、世界の端までいこう。ボールにつかまって、太陽のもとまでいこう。
空気をたくさん入れたら、ぷかぷかと飛んでいった。
わたしの目玉ぐるぐると、目を回して倒れた。ボールは空に浮いたまま、じっと私をみている。
まぶしくて目を閉じたら、瞼の裏に太陽。焼き付いて離れないから、今日は夜がこないね。


..................
また思いつくままに。
もしかしたら一日に一度くらいやってもいいかもしれいな。
すごく頭がすっきりとする。
posted by どらっくす at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

鼻歌。

まさかそんなところに人がいるとは思わなかった。
鼻歌を歌いながら歩いていた。前にも後ろにも誰もいなかったからだ。鼻歌を歌っていると気分が良い、特に気分の良くない時には。
理不尽な怒られ方をしたとき、相手を殺す代わりに帰り道で鼻歌を歌う。なんとも平和的ではないか。
にも関わらず、そんな平和的な時間を邪魔されてしまった。
「たのしそうだね」
物陰からいきなり男が現れた。しかも声をかけてきたのだから驚いた。鼻歌を歌っている人間に声をかけるなんてマナー違反にもほどがある。
僕は聞かなかったことにして通り過ぎようとした。男はたばこの煙を吐いていた。たばこの煙は最も嫌いなものの一つだ。
だが、おかしい。たばこの煙の臭いがしたら、僕の鼻は嗅ぎ分ける。あの臭いを嗅ぎ逃すなんてことはありえなかった。男の手元を見ると、たばこのようなものを持ってはいた。
「ああ、これ?加熱式たばこっていうらしい」
視線を向けただけで答えてくれるとは怪しすぎる男だ。なぜこんなにも話しかけてくるのか。
意味もなく少しだけ頭を下げて、男の横を通り過ぎようとしたが道を塞がれた。
「縁っていうのは不思議だよな」
いきなり変なことを言い出す男だ。
「今、何してるの?」
何も答えない。答える義理もない。
「まあいいや。実は困ってるんだ」
「はあ」
悪い癖である。困っていると言われるとなんとなく見捨ててはおけないのだ。こんなにも怪しい男など無視して、とっとと帰るべきなのに。
「電車に乗ろうと思ったんだけど、終電が終わっててね。タクシーで帰るにもお金が足りなくて」
「大変ですね」
「いくらか貸してもらえないかな。必ず返すから」
「え?」
いくらなんでも唐突すぎる。新手のかつあげなのだろうか。人に金を貸すときはあげるつもりで貸せ、なんてことはよく言うけど、見ず知らずの人に貸すなんていうのはあげるのと同じではないか。
「いや、それはちょっと」
「無理?」
「はい」
「なんで?」
なんで?とはまたずうずうしい男である。怪しい上にずうずうしいとまでくると、もはや一時も相手をしたくはないのだが、心のどこかで本当に困っている人だったら悪いという気持ちもあるのだ。つくづく人が良すぎるのかもしれない。
「あまり手持ちがないので」
「じゃあ五百円、五百円で良いから」
スッと思考が落ち着いた。この男は困っていない。ただ、ちょっと小銭を稼ごうというだけなのだ。五百円でタクシーに乗ってどこまで行こうというのだ。歩け。
僕は冷静になった頭で、この男がどうしたらいなくなってくれるかを考えた。そして考えた中で一番簡単な方法を選ぶことにした。
「駅に交番がありますから、そこで借りてください」
「え?」
「最近は借りられるらしいですよ」
「交番で借りたら返さなきゃでしょ」
そりゃそうである。むしろお前は僕から借りたら返さないつもりだったのか。いやわかってはいたけど、改めて事実を見せつけられると、自分の人の良さは長所ではなく欠点なのではないかと思えてくる。なぜ一瞬でも困った人かもしれないなどと勘違いしたのか。
「僕から借りても返さなきゃですよ」
「そりゃもちろん。必ず返すよ」
「どうやって?」
男はしばらく考えていた。住所を教えろとか、電話番号を教えろとか、そんなことを言われればむしろこっちが困る。僕は男の横をすり抜けた。男は考えながらも後をつけてきた。怖い。
「ついてこないでもらえますか」
「いや、返すから貸してくれよ」
「返すって、返す方法なんてないでしょ?」
「うん、だからまあなんだ。人の縁ってのは不思議なもんだよな」
「とにかく貸せません」
再び歩き出す。今度は男もついてこなかった。なんとなくこちらの様子をうかがいながら僕とは反対方向に歩き出したようだった。十分に離れてから僕はちらりと男の方を振り返った。男は待ってましたとばかりに大声で「ケチー!!」と叫んできた。
僕がケチならお前はなんなんだ?詐欺師か、恐喝か、とにかく犯罪者の類であることには間違いないんだぞ。五百円なんていう子どもでも持ってるような金額だからって、罪じゃなくなるわけじゃないんだ。こんなに嫌な気持ちにさせて、その上ケチだって?ああケチだよ。ケチで結構。このまま警察に行ってやろうかな。まあでもめんどうだし、どうせいなくなってるだろうし。逆恨みされても嫌だしな。というようなことを考えながら、僕は鼻歌を歌いだした。
きっとすべてを消し去ってくれる。全部が歌と一緒に鼻から出ていってくれる。誰に何を言われたとしても、今度は歌い続ける。今夜はやけにイライラしたけど、鼻歌の調子は良いのが救いだった。



なさそうでこんなこともあるかもしれません。
アイコスで吸ってる人が物陰にいると気がつかなくてびっくりしますね。煙だけ、もくもく出てるのに臭いがしない。
posted by どらっくす at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

メガネ。

メガネがあるよ。メガネがあるよ。
母さんメガネ父さんメガネに囲まれて、小さい小さいメガネがあるよ。
メガネがないなら困ってしまう。見えないものがたくさんできる。
メガネがないなら得してしまう。見えないものがたくさんできる。
小さい小さいメガネが言うよ。
大きい大きいメガネはあるの?
父さんメガネが答えてくれた。
大きい大きいメガネはあるよ。
大仏さまほど大きいのかな?
よっぽどよっぽど大きいよ。
お空の月より大きいのかな?
よっぽどよっぽど大きいよ。
いったいどれほど大きいのかな?
父さんメガネは考え言った。
世界のすべてを覆うほど。
そんなに大きいメガネがあるの?
世界を見るためいるのがメガネ、すべてを覆わにゃメガネと言えぬ。
あなたのメガネ、大きいメガネ、世界はメガネの向こうにあるよ。


小説というより詩みたいになってしまったけど、それはそれでよいと信じよう。
あけまして、おめでとうござ、います。
posted by どらっくす at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月03日

にくまん。

「本日の営業は終了いたしました」
スーパーはとっくに締まっており、営業終了を知らせる看板が立っていた。
こういうときはコンビニで買うしかない。ボクは来た道をさらに進んでコンビニを目指した。
ようやくコンビニの明かりが見えてきたと思いったが、妙に明るすぎる。
近づいてみると、コンビニに見えたのは宇宙船だった。
昨日まではコンビニだったはずなのに、疑問に思いながら近づいてみると自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
いつものように店員の元気な声が響いてきた。ただ、その店員がなんというか、全員タコのような生物になっていた。
ボクは自分の頭がおかしくなったのではないかと一瞬疑ったが、おかしくなっていたとしても、もうこれだけおかしくなってしまっていたら、かえっておかしくなったことにも気が付けないだろうということに思い当り考えるのをやめた。
店内を巡ってもめぼしいものがなかったのでおでんを買って帰ることにした。
だが、無情にもおでんは加温中になっていた。
「すいません、おでんまだですか?」
「あっ、まだ温めてるんですよ。」
待ってもよかったのだけど、さすがにこの奇妙な店に長居するのも気持ちが悪く、にくまんをひとつ頼んだ。
「ありがとうございましたー」
自動ドアを出て、後ろを振り返ってみても、まだコンビニは宇宙船のままで、店員たちは相変わらずタコだった。
きっと疲れているのだろうと思い、その日はかえってすぐに寝た。朝起きてから冷めたにくまんを食べながら昨日のことを思い出す。
幻覚だろうな。
そんなことを一日思いながら過ごし、帰りにコンビニによると、昨日とはまた少し形の違った宇宙船が止まっていた。昨日の宇宙船が円盤型だとしたら、今日のは葉巻型だった。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開くと、中に待っていたのは頭が大きく目玉も大きく、それでいて体は小さく、真っ白い。いわゆるグレイと言われるような宇宙人だった。
ボクの頭は本格的に狂ってしまったのだろう。
こんなに何度も宇宙船に乗りこむなんて、しかも宇宙船の中はコンビニなのだ。
何がなんだかわからぬままにくまんだけを買って帰った。
店を出て、何度振り返っても宇宙船はそこにあった。
それから何日もコンビニに通ってみたが、毎日宇宙船だった。もはや大体の形の宇宙船は見てしまったのではないだろうか。
もしかしたら、経営者が宇宙人なのかもしれない。
いっそ今日は尋ねてみたらどうだろうか。そう決心して、またコンビニに行った。
「いらっしゃいませー」
「あの、すいません」
「はい?」
「このコンビニのオーナーって宇宙人ですか?」
「は?いや、違うと思いますけど」
「君は何星から来たの?」
「え、地球っす」
「またまたー」
なにしろこいつはタコなのである。どこからどうみてもタコ型の宇宙人。しらばっくれるのもいい加減にしろ。
「なんかわからないですけど、警察呼びますよ?」
ボクは彼らを追及することを諦めた。宇宙警察を呼ばれるとこっちも都合が悪い。
「わかった、今日のところは退散するよ。あっ、にくまんひとつ」
「ありがとうございましたー」
自動ドアを出る直前、店員が別の店員になにやら話しかけた。
きっと宇宙人であることがばれたことを相談しているのだろうと思ったが、聞き耳を立ててみたら「にくまん野郎が頭おかしいこと言ってきた」という内容だった。
たしかににくまんしか買ってないけど、にくまん野郎ってあだ名はひどいだろう。



いったいどうしてこういう内容になったのか、皆目見当がつかない。
自然の流れに任せていたらこうなったのだけど、自然の流れでこうなってしまうのであれば、そもそも自然の流れ自体を疑う必要がありそうだ。
もしかしたら、宇宙人が脳に直接指令を送ってきたのかもしれない。
posted by どらっくす at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

八太郎と十郎太。

八太郎という名前のタコがいました。
八太郎は名前のとおり足が八本、海の中では名の知れたタコでした。
なにしろ八本も足があるのですから、足の多さでほとんどの敵を倒すことができたのです。
そんな八太郎にも苦手な存在がいました。イカの十郎太です。
十郎太には、なんと十本も足があったのです。
八本の八太郎ですら太刀打ちできません。ただ十郎太はおとなしいイカだったので、八太郎は海の中ではおおいばりだったのです。
おおいばりの最中に十郎太が近くに来ると、少しだけ声をひそめましたが、十郎太がなにもしてこないとわかると、再びおおいばりとなったのです。

あるとき、海の中で大飢饉が起こりました。
食べ物が少なくなり、みんなお腹が空いていました。
そんな中でも八太郎はおおいばり。みんなに嫌われていました。
イカの十郎太が近づいてきたのに気がついても八太郎はもう恐れることもなくおおいばりです。
十郎太の姿を見て、八太郎はギョッとしました。
「お前、足はどうしたんだ」
「ちょっと怪我をしてしまってね」
こんな飢饉のときにバカなやつだと八太郎は思いました。
なにしろ十郎太と言ったら、自慢の十本足が七本になっていたのです。
本格的に八太郎は十郎太を恐れなくなりました。なにしろ自分よりも足が少なくなったのですから、なにも怖くありませんでした。
次の日も八太郎は十郎太に会いました。すると十郎太の足は六本になっていたのです。
「お前、足はどうしたんだ?」
「ちょっと怪我をしてしまってね」
日に日に十郎太の足の数が減っていき、ついには残りが一本になってしまいました。
いよいよもっておかしいと思った八太郎は、十郎太とよく一緒にいる亀の松さんのところを訪ねたのです。
「十郎太の足はどうしてあんなに減ったんだ」
「あいつは偉い奴だよ」
聞くと、十郎太は飢えて死にそうな小魚たちに、毎日足を一本あげていたのだそうです。
「それであんなに少なくなっていたのか」
「そうなんだよ」
亀の松さんにお礼を言うと、八太郎は急いで十郎太のもとに行きました。
十郎太は、最後の一本足を今まさに飢えた小魚たちにあげようとしていたところでした。
「えいえい、ちょっと待て」
「これは八太郎さん」
「十郎太の足はそれで最後だ、オレの足を食べなさい」
暴れん坊の八太郎の言葉に小魚たちは驚きました。一番驚いていたのは十郎太です。
「八さん、自慢の足じゃないか。一本だってやらなくていいよ」
「そしたら明日からはどうするんだ?こいつらは死んじまうぞ」
「なに、そしたらこの身をやるさ。八さんはこの飢饉を終わらせるようがんばってくれ」
八太郎は十郎太の気持ちに心を打たれました。そして、よりいっそう十郎太を死なせるわけにはいかないと思ったのです。
「なら今日のところはオレの足を食ってもらおう。いや、今日から七日間はオレの足だ。それで残った足が一本ずつとなったところでまた考えよう」
「八さん……、よし一生懸命飢饉を終わらせる方法を考えよう」
二人は友情の涙を流しました。その涙は、海を伝って海神さまのところまで流れていきました。
それから数日が経ち、二人の足も一本ずつとなってしまいました。
「八さん、最後の一本。どっちが先に出すかい?」
「そのことなんだが」
八太郎は言うが早いか、自分の足をえいやと切り落としたのです。
小魚たちは喜んでタコの足を食べ始めました。
「八さん」
「十郎太、オレは今までずっと暴れん坊でやってきた嫌われ者だ。一度くらい誰かの役に立ってから死にたいんだ」
「だからって、そんな真似はよしてくれ。明日はオレが……」
「いや、十郎太。ここ数日、話してみてわかった。お前は頭が良い。この海を仕切れるのはお前だよ」
「八さん、みんな八さんがどんなに暴れたってついてきたじゃないか。そりゃ嫌いだって言う奴もいる、でも口だけさ。本当にこの海を仕切ることができるのは八さんだ」
二人はようやくお互いのことを理解しあい、おいおいと泣きはじめました。その涙は再び海神さまの元に届きました。
海神さまは二人の友情が本当であることを確信し、奇跡を起こしに二人のもとにやってきました。
「二人の涙が潮にのって流れてきた。お前たちの涙に免じて一つだけ願いを叶えてやる」
二人は声を揃えて言いました。
「それでは飢饉を終わらせてください」
海神さまは言いました。
「お前たちの体を治してやることもできるぞ」
「わたしたちはもう大丈夫です。なに、わたしの一本足でも二人の分の食料を取るくらいはできますよ」
「すまないな十郎太」
二人の間にできた絆は、二度と壊れることのないほどに強く結び付いていました。
「さあ、飢饉を終わらせてください」
「わかった」
海神さまがひとつ何か呪文をとなえると、あっという間に海の中に温かい空気が戻ってきました。きっとこれからは食料もたくさんとれるでしょう。
「ありがとうございます、海神さま」
「願いは叶えたぞ」
海神さまはまた海の奥底の方へと帰っていきました。
「ああよかった、これで海は救われた」
「ほんとうによかった。あれ?八太郎お前足が」
八太郎が自分の足を見ると、小さいながらも八本の足が生え出していました。
「十郎太、お前もだ」
十郎太にも残った一本足と九本の新しい足が生え出していました。
海神さまの奇跡のおかげで、二人の足がまた生えてきたのです。
それから二人は協力しあって、海の中を長い間治めていきました。
タコとイカの足が何度も生えてくるようになったのも、この出来事があってからなのだそうです。



昨日は短かったので、今日は長めにと決めていました。
一度保存をミスったときは冷や汗が出ましたが、データが残っていたので安心しました。危ないところだったぜ。
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八太郎と十郎太。

八太郎という名前のタコがいました。
八太郎は名前のとおり足が八本、海の中では名の知れたタコでした。
なにしろ八本も足があるのですから、足の多さでほとんどの敵を倒すことができたのです。
そんな八太郎にも苦手な存在がいました。イカの十郎太です。
十郎太には、なんと十本も足があったのです。
八本の八太郎ですら太刀打ちできません。ただ十郎太はおとなしいイカだったので、八太郎は海の中ではおおいばりだったのです。
おおいばりの最中に十郎太が近くに来ると、少しだけ声をひそめましたが、十郎太がなにもしてこないとわかると、再びおおいばりとなったのです。

あるとき、海の中で大飢饉が起こりました。
食べ物が少なくなり、みんなお腹が空いていました。
そんな中でも八太郎はおおいばり。みんなに嫌われていました。
イカの十郎太が近づいてきたのに気がついても八太郎はもう恐れることもなくおおいばりです。
十郎太の姿を見て、八太郎はギョッとしました。
「お前、足はどうしたんだ」
「ちょっと怪我をしてしまってね」
こんな飢饉のときにバカなやつだと八太郎は思いました。
なにしろ十郎太と言ったら、自慢の十本足が七本になっていたのです。
本格的に八太郎は十郎太を恐れなくなりました。なにしろ自分よりも足が少なくなったのですから、なにも怖くありませんでした。
次の日も八太郎は十郎太に会いました。すると十郎太の足は六本になっていたのです。
「お前、足はどうしたんだ?」
「ちょっと怪我をしてしまってね」
日に日に十郎太の足の数が減っていき、ついには残りが一本になってしまいました。
いよいよもっておかしいと思った八太郎は、十郎太とよく一緒にいる亀の松さんのところを訪ねたのです。
「十郎太の足はどうしてあんなに減ったんだ」
「あいつは偉い奴だよ」
聞くと、十郎太は飢えて死にそうな小魚たちに、毎日足を一本あげていたのだそうです。
「それであんなに少なくなっていたのか」
「そうなんだよ」
亀の松さんにお礼を言うと、八太郎は急いで十郎太のもとに行きました。
十郎太は、最後の一本足を今まさに飢えた小魚たちにあげようとしていたところでした。
「えいえい、ちょっと待て」
「これは八太郎さん」
「十郎太の足はそれで最後だ、オレの足を食べなさい」
暴れん坊の八太郎の言葉に小魚たちは驚きました。一番驚いていたのは十郎太です。
「八さん、自慢の足じゃないか。一本だってやらなくていいよ」
「そしたら明日からはどうするんだ?こいつらは死んじまうぞ」
「なに、そしたらこの身をやるさ。八さんはこの飢饉を終わらせるようがんばってくれ」
八太郎は十郎太の気持ちに心を打たれました。そして、よりいっそう十郎太を死なせるわけにはいかないと思ったのです。
「なら今日のところはオレの足を食ってもらおう。いや、今日から七日間はオレの足だ。それで残った足が一本ずつとなったところでまた考えよう」
「八さん……、よし一生懸命飢饉を終わらせる方法を考えよう」
二人は友情の涙を流しました。その涙は、海を伝って海神さまのところまで流れていきました。
それから数日が経ち、二人の足も一本ずつとなってしまいました。
「八さん、最後の一本。どっちが先に出すかい?」
「そのことなんだが」
八太郎は言うが早いか、自分の足をえいやと切り落としたのです。
小魚たちは喜んでタコの足を食べ始めました。
「八さん」
「十郎太、オレは今までずっと暴れん坊でやってきた嫌われ者だ。一度くらい誰かの役に立ってから死にたいんだ」
「だからって、そんな真似はよしてくれ。明日はオレが……」
「いや、十郎太。ここ数日、話してみてわかった。お前は頭が良い。この海を仕切れるのはお前だよ」
「八さん、みんな八さんがどんなに暴れたってついてきたじゃないか。そりゃ嫌いだって言う奴もいる、でも口だけさ。本当にこの海を仕切ることができるのは八さんだ」
二人はようやくお互いのことを理解しあい、おいおいと泣きはじめました。その涙は再び海神さまの元に届きました。
海神さまは二人の友情が本当であることを確信し、奇跡を起こしに二人のもとにやってきました。
「二人の涙が潮にのって流れてきた。お前たちの涙に免じて一つだけ願いを叶えてやる」
二人は声を揃えて言いました。
「それでは飢饉を終わらせてください」
海神さまは言いました。
「お前たちの体を治してやることもできるぞ」
「わたしたちはもう大丈夫です。なに、わたしの一本足でも二人の分の食料を取るくらいはできますよ」
「すまないな十郎太」
二人の間にできた絆は、二度と壊れることのないほどに強く結び付いていました。
「さあ、飢饉を終わらせてください」
「わかった」
海神さまがひとつ何か呪文をとなえると、あっという間に海の中に温かい空気が戻ってきました。きっとこれからは食料もたくさんとれるでしょう。
「ありがとうございます、海神さま」
「願いは叶えたぞ」
海神さまはまた海の奥底の方へと帰っていきました。
「ああよかった、これで海は救われた」
「ほんとうによかった。あれ?八太郎お前足が」
八太郎が自分の足を見ると、小さいながらも八本の足が生え出していました。
「十郎太、お前もだ」
十郎太にも残った一本足と九本の新しい足が生え出していました。
海神さまの奇跡のおかげで、二人の足がまた生えてきたのです。
それから二人は協力しあって、海の中を長い間治めていきました。
タコとイカの足が何度も生えてくるようになったのも、この出来事があってからなのだそうです。
posted by どらっくす at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

男と坊主。

名前のない男がいた。
いつ生まれたのか、どこで生まれたのかもわからない、何も持たない男だった。
男は何かを得ようともしなかった。欲というものすらも、どこかに忘れてきてしまったようだった。
一日の大半を森の中の木の下ですごし、腹が減った時にだけ食事をしていた。
男は食事をすることに罪を感じていた。
何も欲しくはないのになぜ腹が減るのか。
腹が減ると、何かを食べずにはいられなかった。
食わねば死ぬ。
それが食べる理由になるのかはわからなかった。
男を訪ねてくる人があった。近くの寺の坊主であった。
男は坊主と話をするのが好きだった。言葉を教えてくれたのも坊主であった。木の下に座ることを教えてくれたのも坊主であった。男が人であることができたのも坊主のおかげである。
男は坊主に尋ねた。
「わたしはなぜ食べずにはいられないのでしょうか」
「答えはない」
「食べずにいたらどうなるのでしょうか」
「死ぬ」
「ならば死んでもいいのでしょうか」
「だめだ」
「なぜです」
「わたしが悲しい」
男は納得しかねていた。坊主を悲しませるのはいやだったが、死んでならぬ理由とは思えなかった。
男の顔を見て坊主は続けた。
「この世は、さまざまな調和としてできている。お前がいなくなることはできない」
「食べるのをやめることはできないということですか」
「食べたい気持ちがなくなったときが死ぬ時だ」
男は黙りこんだ。
「お前は自分が食べたくなっていると思い込んでいるが、世の中がお前に食べてもらいたいのだ」
「食べてもらいたい……」
「食すのが罪なのではない、食にとらわれるのが罪なのだ」
「食べたいときに食べることは、調和を調和として成り立たせているということですか」
「そうだ、世界は食べるものだけでも食べられるものだけでもない。両方なのだ」
男の体から罪の気配が薄らいでいった。
「ありがとうございます」
「わがままになってはいけない。すべては調和している」
「それでは先ほどのお前が死んだら悲しいというのはわがままではないのですか」
坊主は笑い出した。
「私もまだまだ修行が足りないな」
男は、自分が納得できなかった理由を知った。坊主の悲しみは道理から外れていたのだ。
「調和とは難しいものなのですね」
「そんなことはない。私はお前のように生きたいよ。お前は十分に調和と共にある」
「わたしは、あなたほど物を知りません」
「物を知るから、人は調和から離れていくのだ」
坊主と男を夕日が照らし、やがて沈んでいった。
坊主は男に別れを告げ、寺へと帰って行った。
森には深い闇が訪れた。
動物たちが森を支配しだすころ、夜の森の中に男の寝息がうっすらと聞こえていた。



大みそかですね。今年もありがとうございました。
posted by どらっくす at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

あな。

「あなたはいったいどういうものが好きなんですか?」
急にそんなことを問われても、なんとも答えづらかった。
なにしろわたしにとっても初めてのことだったからして、すぐにどうこう言えるものではなかったのである。
「あなたのような美しい方に話すのは気がひけるのです」
などと、適当にごまかして、その場を逃れようとしていたのである。
だが、それでごまかされるような人間はこの場にはおらず、むしろ「こいつは人の秘密を握るだけ握って、自分のは話さないつもりではないか?」という疑惑の目を向けられてしまった。
このような場を作ったのは、ひと時の気の迷いであったという他ない。
気の迷いによってわたしは、人が好まざるものを好むものの会と名付けた会を開くことにした。
私自身は、特に秀でて好きというものはなかった。殊に人が好まざるものは大概にして嫌いであった。だが、そういうものを好む人がいるということ、そしてそういう人たちを目の当たりにしたいという好奇心がわいてしまったのだ。
そこで知り合いの作っている雑誌に小さく広告を出すことにした。広告と言ってもいわゆるペンフレンドの募集のようなもので、こんなことをしても誰も集まるはずがなかろうというものであった。
しかし、世の中には奇特な人間というものが幾人かいるようで、数人の人間が会に参加すると言ってきた。
わたしはしかたがなくとある喫茶店に個室を用意していただき、そこで会を開くことにしたのである。
わたしを含めて4人の人間がその場に集まった。
この人たちがいったいどのようなものを好むのか、わたしには見当もつかなかった。
まず一人目に話し出したのは齢40を過ぎたであろうご婦人だった。
「わたくし、実はよその人のものしか愛せませんの」
などと言うので、なるほど不倫の話かと思いきやそうではなかった。
「子供は5人、男が2人、女が3人いるのですけど、どの子供も嫌いでして。ただ主人がお手伝いに産ませた女の子だけを愛していますの」
「自分の子供には愛情を感じないのですか?」
「ええ、これっぽっちも」
「それで、その手伝いの女性というのはまだ雇っているんですか?」
「いいえ、すぐに首にして、娘だけ引き取りました。たっぷりと愛情を注いで育てていますの」
どうにも恐ろしい話である。自分の子供よりも、他人の子供が良いなどという母親。その母親の元に生まれた子供はもちろん、本来母親でない女性に愛情を注がれた娘がどれほど歪に育っていくのか。
そしてその母親自身も、そのことをおかしいと思っている。愛情が真に人を育てるものなのか、何年か後にまた話を聞きたいものである。
次は70歳は過ぎたであろう男性であった。
「わたしが好きなのはわかめでございます」
「わかめというと海藻の?」
「ええ、あのわかめです」
海藻が好きな人は大勢いるだろう。もちろん嫌いな人も多くはいるだろうが、取り立てておかしいというほどの趣味ではない。
「わかめを毎日食べているうちに物足りなくなりまして、自分で養殖するようになったのです」
老人は全員を見まわしてから話をつづけた。
「最近では育ったわかめを浴槽にいっぱい集めて、その中に浸かったりもしています」
「それはまた……」
「わたし自身、どこまで好きになるのかわかりません。いずれはわかめそのものになりたい」
恍惚とした表情で老人は話を終えた。余談になるが、この数週間後に、この老人のご家族から彼が亡くなったという連絡があった。死因を聞いてみると口ごもったので「わかめが関係あるのですか?」と聞いてみるとやはりそうだった。
老人は乾燥わかめを限界以上に食した後に、水の中に入り窒息死したそうだ。棺には花の代わりにわかめを敷き詰めたと言っていたから老人も満足な葬儀だったろう、いささか磯臭そうではあるが。
最後にここまで一言も発していない残りの男にも話を聞いたが返事はなかった。
おもむろに紙を取り出すと、そこになにやら書き、私に差し出した。
「私は喋らないのにこういった集まりに来ることを好む、と書かれていますね」
全員が男の方を見ても、何も喋らなかった。
「筆談はするのですか?」
できればしたくない。と書いてきた。
「理由があるのですか?」
自分の声が嫌いなのです。と書いてきた。
そう言われると聞きたくなるので、散々みんなで声を出させようとしたが男は黙ったままだった。そうして私たちの間に少し冷めた空気が流れたことすらも、どこか楽しんでいる様子だった。
「あなたはいったいどういうものが好きなんですか?」
突然、私に向かって婦人が言葉を投げかけてきた。
私は何度か逃れようとしたが、前の男が何も話さなかったこともあり、その上わたしまで話さないということは許されそうになかった。
さて私は弱ってしまった。本来なら男がやっていることというのは、私のやりたかったことに近い。
つまりは、悪趣味を笑うのが悪趣味ということにしたかった。
だが、すでに使われたものでは許してもらえないだろう。私はよりにもよって自分の趣味の中で一番くだらないものを選んで話し出してしまった。
「少し性的な話になるのです」
「聞かせて」
婦人の目が輝いた。どうもこのご婦人は刺激にも飢えているらしい。
「たいしたことではないかもしれませんが、わたしは豚鼻が好きなんです」
とたんに婦人の目に怒りと軽蔑が浮かんだ。
「豚鼻と言ってもぶひぶひと鳴らす方ではありません。器具を使って引っ張りあげるのです。その美しさといったらありませんよ」
「失礼させていただきます」
婦人が立ち上がったので、なんとなく場はお開きということになった。
男はにやつきながら握手を求めてから帰った。
老人は近づいてきて「わかるような気がするよ」と私の肩を叩いた。
「私もわかめに性的な興奮を覚えているのかもしれない」
「そういったこともあるかもしれません」
「さっきのご婦人の鼻も釣り上げてみたかったのかい?」
「もちろん。あれだけ穴が立派でしたら、よっぽど美しくなったでしょう」
「わたしは穴を広げるよりも埋めたくなるよ」
「その気持ちもわかるような気がします」
老人が帰っていくのを見届けて、わたしも家に帰ることにした。
それぞれが何かしらの穴をこの会によって埋めようとしていたのかもしれないが、わたしはその穴を広げることに快感を覚えていた。帰る直前の婦人の顔を思い出す。憤慨してはいたが目の奥にわずかな期待という穴が開いていたような気がする。
近いうちに彼女に開いた穴を、わたしは広げることになるかもしれない。



また一つ、自分の中の扉が開いた気がします。
わりとこういうものを書くのは好きかもしれない。
posted by どらっくす at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

小ネタ。

セール
「セールで買いたいものがあるんだけど行っても良い?」
「良いですよ。どこですか?」
「遠くのお店で、アレがすごく安いらしくて」
「近くの店でも売ってますよ」
「でもセールじゃないでしょ」
「セールじゃないですけど、遠くの店に行くまでの料金を考えたら、近くで買った方が安いですよ」
「だからあなたに連れてってと頼んでるんじゃない」

リーク
「へっへっへ、このネタをばらされたらお前も終わりだ」
「やめてくれ、頼む!」
「いくらで買う?」
「いくらでも構わない、とにかくやめてくれ」
「じゃあ1億でどうだ?」
「1億?それは無理だ。払えない」
「じゃあ5千万」
「無理」
「いくらなら払えるんだ?」
「それなんだけどさ、よく考えてみると、その情報を流されたらオレは終わりじゃん?」
「ああ、だから払えって」
「でも払うって言ったところで、何千万も払っちゃったらどのみちオレは終わりなんだよ」
「そんなこと言わずに、少し稼げるように頑張りなよ」
「外から見る以上に、中はボロボロなんだって。そういう状況だから外にそんな情報が洩れてるわけだし」
「なるほど」
「つまりどっちにしろ終わりなら、払わない方が良いんじゃないかなって」
「ええ……」
「というわけで、悪いけど持って帰ってよ。流すなら流しても良いし」
「いや、そんなこと言わずに。払えるだけで良いんで払ってくださいよ」
「うーん、ギリまで頑張って、2万5千円かな」
「じゃあそれでお願いします」

クリーム
「このクリームめちゃくちゃ甘いね」
「うわ、ほんとだ。すごく甘い」
「ちょっとどうやって作ったのか教えてもらおう」
「すいません、このクリームの作り方を教えてください」
「企業秘密というやつです。教えられませんよ」
「そんな、なんでもしますから教えてください」
「そうですか……、じゃあうちで働いたらどうですか?」
「ええ?良いんですか?ラッキーだなあ」
「ラッキーじゃないですよ、もちろんただ働きですよ」
「でもクリームの作り方は教えてもらえるんでしょ?」
「もちろんです。早速今日から働いて貰えますか?」
「良いですよ。じゃあまずクリームの作り方から教えてください」

タクシー
「へいタクシー!」
「どちらまでですか?」
「あそこなんですけど、わかりますか?」
「わかるもなにも、私はあのあたりに住んでいますよ」
「そうですか、なら運転手さんが帰るときに教えてください。一緒に乗って帰りますから」

態度
「ばかやろう、危ないじゃねえか!」
「そっちこそばかやろう、なんだその態度は!」
「なんだとこのやろう!やるってのか!」
「上等だ!こっちへこい!」
「おまえがこっちにこい!」
「いやだよ、お前がいるのは地獄じゃねえか」
「オレだっていけるもんなら天国に行きたかったよ」



なんとなく小ネタを少し。
どうも体力がないですね。少し体力をつけねば。
posted by どらっくす at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

何も出てこないとしても。

どう頑張っても出てこないときは出てこない。
あんまりひねり出そうとしていても出るものではないので、出ないときは出ないものなのだと受け入れるしかない。
受け入れたからといって、出るように努めることを放棄するわけではない。
ただ、出るかもしれないという期待を持たず、出てこないという事実を見つめた上でできることをしていく。
そのことが大事なのだと思う。
瞑想をしてみたり、運動をしてみたり、そういった一見関係がなさそうなことも、結果的にはよい結果に繋がることもある。
だが、だからといって結果を期待してやることには、私は反対である。
結果が出なかったとしても努めたという事実によって得るものがあるというのではない。
何も得るものがなかったとしても、何かをやるという行為そのものがすでに尊いのである。
だから結果が出ないことに焦ってはいけない。
先に何かがあることを期待せず、ただ一歩一歩進んでいく。
そうすることで開けてくるものが必ずあるものである。
それでは私はトイレに行く、何か開けてくれそうな気がするのだ。今度こそ。

posted by どらっくす at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

寝る。

自分の限界を決めるのは、自分自身だという。
つまりここまでだと思わなければ、越えられる限界というのもある。
額から目の奥にかけてが熱い。そして喉にも違和感がある。
なるほど、私は風邪をひいているのかもしれない。
そんな自分が定めてしまっている限界はどこだろう?
もしかしたら、その限界は越えられるものかもしれない。
私は目をつぶって考える。
もしかしたら風邪をひいているということ自体が限界を定めているから起こっていることかもしれない。
だが、絶対に風邪をひかない人間などいるだろうか?
また、絶対に風邪をひかないものを人間と呼べるのだろうか?
風邪とはすなわち、体の正常な反応であって、それ自体に良いも悪いもない。
具合が悪ければ寝ていればいいし、良ければ起きていればいい。
風邪とはその程度のものなのだ。
よしわかった、私は限界を定めようとしていた。
体の限界に挑戦しようとしてしまっていた。
ここはひとつ、限界を定めるのをやめよう。
眠いときは寝る。風邪だからではない、眠いから寝るのだ。

posted by どらっくす at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

風邪。

風邪をひいてしまったのか、頭がくらくらとしている。
風邪に効きそうなことをとりあえずいろいろとやってみる。
ビタミンを取ったり、そんなようなことだ。
さあすぐに治ってくれ。
なんて思っても、そうすぐには治らない。
でも気力があれば、すぐに治すことだってできるだろう。
「風邪をひきました」
口に出してみると、なぜだか具合がさらに悪くなったような気がする。
「本当は風邪なんてひいていません」
嘘をついてもむなしくなるだけ、治るわけではない。
「風邪をひいているような気がします。すぐに治るような気がします」
これぐらい控えめであれば、なんだか良いようだ。
あんまり気にしすぎても仕方がないのだけど、風邪のときは寝るに限る。限るならばさっさと寝た方が良い。
寝てしまって大丈夫だろうか。風邪と思っていたけど、とんでもない病気かもしれない。
そんなことを言うと、本当かもしれないと思ってしまう。
しれないしれない。あったかもしれない。なかったかもしれない。
あばんば、ればんば、どれにんかんだ。
もう少しだけがんばって生きよう。
posted by どらっくす at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1万で。

「もう少しだけで良いんだ」
いくらまで引っ張れるか、沢島は安田の顔をうかがった。
「じゃあもう1万だけ」
安田は、財布から1万円を抜いて沢島に渡した。
「ちゃんと返せよ」
「わかってる」
全部で6万円、これだけあれば十分だ。たかだか数万円返すのにもヒーヒー言うようになるほど落ちぶれるとは思ってもみなかった。
安田との付き合いは長い。もう10年以上にもなる。だが今まで金を借りたことはなかった。安田は沢島の最後の友人であった。
「お前に借りた金を返せないようならもう終わりだよ」
「そうか、じゃあまた明日」
「ああ」
沢島は6万円の入った財布を懐に感じていた。これで金を返せば、今はなんとかなる。来月のことは来月だ。とにかく今をしのげればそれでいい。
借金返済のための5万を安田に借りた時点で、もう1万借りたのは今思えば正解だった。なにしろ金がないのだ。1円でも多くあった方が良い。
むろん明日には返す。金が入るからだ。給料の13万円。悪いのは、10万円を突っ込んでもうんともすんとも言わなかった昨日打ったパチンコ台なのだ。
そう、5万返せば良いのだから、1万円は好きに使っても大丈夫。明日には金も入るから今日をしのげれば良い。

沢島は歩いて田中との約束の場所に向かった。田中は金貸しのようなことをしている人間だ。パチンコ屋で困ってそうな人間に声をかけては、高い金利で貸していた。もちろん払えそうにない人間には絶対に貸さない。それどころか、借りた人間以外は、田中が金貸しの真似事をしていることを知らなかった。
沢島も声をかけられるまでは田中がそんなことをしていると気がつかなかった。田中にしても目立って金を貸すリスクはわかっていたのだろう。最初は少額だった。沢島にしても少し借りては返すことを繰り返していた。
だがいつしか沢島は、熱くなって金を使いすぎても田中が貸してくれるだろう、そう思うようになっていた。
昨日だってそのつもりだったのだ。だが、昨日に限っては田中は貸してくれなかった。
「沢島さん、あなたこれ以上貸しても返せないでしょう」
田中は沢島の懐事情を正確に把握しているようだった。
「そんなことはない、明日になれば金が入る」
「明日?それじゃ明日一度、5万を返してくださいよ」
「期限はまだ先だろう」
「今日負けた分であんたがパンク寸前なのはわかってる」
「だが……」
「給料日は明後日でしょ?」
沢島の背中に汗が一筋伝っていった。冷静さを失い、何も言い返すことができなかった。
「嘘をつく人間に金は貸せない。明日なら5万で良い。明後日なら6万返せ」
田中の言い分はむちゃくちゃだった、1日返せないだけで1万円も増やすなんて聞いたことがない。
「いや、それは……」
「嫌なら今から一緒に会社に行こうか?まだ残ってる人間はいるだろう」
沢島は、黙って田中の言うことを聞くしかなかった。

田中との約束の場所に着いたが、まだだいぶ時間が早かった。
目の前にはパチンコ屋、沢島の手元には自由になる1万円。
沢島がパチンコ屋に入らない理由はなかった。そして、あっという間に1万円はなくなった。だが沢島にはわかっていた、あと少し打てば当たるのだ。さらに1万円を入れ、貸し出しボタンを押す。銀色の玉が台の上皿へと溜まっていく。
「沢島さん」
沢島は声を聞いただけで田中だとわかった。田中はにやつきながら「明日、6万円お願いします」とだけ言って帰っていった。
沢島の体から当たるという確信が消えていった。当たるはずがない、今すぐにやめればまだなんとかなる。
だが、沢島は席を立たない。貸し出しボタンを押し、ただひたすらに銀玉が台の盤面を舞うのを眺めている。
確信など消え去っても当たったことは何度もある。
安田の顔がちらつく。だが、10年の友情がなんだというのか。
どのみちもう戻れはしないのだ、安田に借りた金も台の中に入れてしまえば良い。
明日返せばすべてはなかったのと同じだ。だいたい当たるかもしれない。そうだ、当たれば関係ない。
当たるはずがない。
数時間が経ち、すべての金を失った沢島は店の外に出た。
明日給料が13万入る、12万返してもまだ1万ある。その1万で当てれば問題ない。まだ引き返せる。
夜の空気は冷たかったが、沢島の頭を冷やすほどではなかった。



また長くなってしまった。さらっと10分ぐらいで書くつもりだったのに、1時間もかかってしまうとは。
posted by どらっくす at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

ココア。

「ココアを一杯いただけるかな?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
カップのふちに口をつけただけで耐えられないほど熱くなったココアを少しだけすすった。やはり熱い。ほどほどの熱さのココアを一気に飲むのが私の流儀だ。
ココアが冷めるのを待つのも暇だったので、店員に話しかけた。
「ココアは体に良いという話を知ってるかい?」
「ポリフェノールがどうとかでしょ」
「そう、カカオの濃度は濃ければ濃い方が良い」
「うちのはたいして濃くないよ、だから熱々にしてる」
一口すすってみる。先ほどよりはマシになったがまだ熱い。そして味は薄い。
「言う通り、たしかに濃いとは言えないね。それで、なんで熱くしてるんだ?」
「時間がかかるからごまかせる」
「なるほどね」
会話は尽きてしまった。いや、店員は話をする気などなかったのだろう。だからココアが濃くはないなどと言い出したのだ。客と話をすることも店員の務めのひとつではないかと考えはするが、義務ではないことぐらいはわかっている。
「話すのは嫌いかい?」
「嫌いではないけど、味わってもらいたいだけ。」
「薄いココアを?」
「そう、薄いココアを、じっくりと」
店員はようやく笑顔を見せた。ココアも飲むのにちょうど良い温かさになっていた。私は店員の顔をもう一度見たが、すでに後ろを向いてコップを入念に磨いていた。私はカップを持ち上げて、いつも通り一気に飲み干そうとした。
「コーヒーが体に良いって話は知ってる?」
コップを磨きながら店員が話しかけてきた。私は一口だけココアを飲み込んだ。
「良かったら、話してくれないか」
店員はコップを置き、体をこちらに向けた。ココアは冷めていき、私の主義は変わりゆく。そんなものはちいさなことだ。ここにある人と人のつながりの大きさに比べれば。



暖かかったので油断していたら、雨に降られて体が冷え切ってしまいました。
こんなときは、ココアが飲みたくなりますね。
posted by どらっくす at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

石。

「君の部屋はどこにある?」
男は沢辺と名乗っただけで、いきなり中に入ってきた。
「ちょ、ちょっと困ります。いきなり入ってくるなんて非常識ですよ」
「常識に縛られない方が良い。これからの人生をよくいきたいのならばな」
「探偵に捜索する権利はないでしょ?不法侵入ですよ」
「運命を受け入れるのだ。ビリーブ」
会話をしながらもずんずんと家の中を進んでいく。教えてもいないのに、僕の部屋まで一直線に向かっている。
「どうしてわかるんですか?」
「ん?」
「オレの部屋」
「君の視線が教えてくれている、そっちには行くなと」
そういわれて、慌てて目線を違うところに移してみたが、沢辺はすでに部屋に入っていた。
「ちょっと、やめてください」
入るだけのはずはないと思っていたが、いきなり家探しのようなことをしだすとは思わなかった。普通は一言断ってからではないのか。常識では。
「それで、何を探しているんですか?」
沢辺に常識を説くよりも、一緒に探す方が早いだろうことは想像がついた。
「鍵だ」
「鍵?」
「ここ数日、何かを拾ったりはしなかったか?」
「ああ、それなら」
僕は机の引き出しから石を取り出した。
「これじゃないですか?」
沢辺は石を受け取ると懐にしまった。
「ありがとう、代わりにこれをあげよう」
「お金ですか?」
「お守りだ」
「はあ」
どう見てもただの石だった。石の代わりなのだから、石でも問題はない。机の引き出しに石をしまった。
「それで……」
振り返るともう沢辺はいなくなっていた。
しかたがないので引き出しにしまった石を取り出して眺めてみる。どこからどうみてもただの石だった。常識的に考えてみればだ。
「お守りか」
常識に縛られない方がいいという沢辺の言葉が耳に残っていた。
ただの石をお守りとして持つことは非常識なのか、あるいは常識的な行為なのか。
判断のつかぬまま、僕は石をお守りとして持つことに決めた。



何かが始まりそうで、始まらないかもしれない。
posted by どらっくす at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

バナナんの皮。

バナナの皮で滑って転ぶ。転んだ先には何がある。
何もなくても何かある。すってんころりんころりんころろん。
風が吹いたらぴゅーぴゅー寒い。
「明日はどちらに風が吹くのでしょう」
「風の吹きたい方に吹くでしょう」
バナナの皮を踏むと、本当に滑るのか。踏んでみたことのある人はあまりいないそうだが、踏んでみたことのある人は意外と滑らないと言っている。
だが、踏もうとして踏むのと、踏んでしまったのではまた話が変わる。
踏もうとして踏んだ時には存外滑らぬ。踏んでしまった時にこそ滑るのがバナナの皮である。
それはきっとバナナの皮の覚悟の問題なのである。
踏もうと思えばバナナの皮にも思いが伝わるのであるが、踏んでしまった時にはいきなりであるから、これはもう怒り心頭。
えいやと踏んできた人間を滑らせるわけである。
「風が強く吹いています」
「もうすでに強く」
吹く風が、バナナの皮を飛ばす。道に落ちているバナナの皮が、ひらりとしているようであれば大丈夫。
ねとりとしている時は危険である。
ひらりとしている時は、ひらりとかわしてくれる。バナナの皮とて踏まれることが本意でない時だからだ。
ねとりとしている時は危ない。誰かを転ばそうとしている時だからだ。
「風がやんだ」
「やんだ、やんだ。いずれまた吹く」
バナナの皮を作るためには、バナナができなくちゃならない。
バナナがなければ皮ができない。いずれまた皮になるためにバナナはバナナになっていく。
転げた人は死ぬこともあるが、転げなかった人もいずれ死ぬ。
バナナを食べねば皮だけになることもないが、人がいなければバナナの皮を踏むこともない。
「また風が強く吹いた」
「どすんと落ちてきたバナナ。食べてしまおう」
残った皮を踏まぬよう、私は川に投げ込んだ。



なかなか出てこないときもあるのだけれど、思い切って書いてみると出てくることもある。
出てきたものが何なのか、それはあなたが決めること。あーぴーひゃらら。
お読みの文章を書いた人は正常です。
posted by どらっくす at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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