どらっくすのちゃんぷる〜日記。

日記?の更新は基本的に毎日22時から24時の間くらいにしています。

2017年09月06日

ランダム性によって、自分は広がっていく。

いろいろな動画を二つ同時に見たりしている。
単純に時間短縮になるのではないかという気持ちもあるのだけど、その方がランダム性が高まるのではないかと思っている。
どっちに集中していいのかわからない状況をあえて作ることで、意識が一つのことに集中しないようにする。
一つのことに集中することが自分を深めるために必要なことだとすれば、ランダム性は自分を広げるために必要なことなのではないかと考えている。

いつもと同じ景色を同じように見ていたら変化に気がつくことはできない。
たまたま小銭を落とした時に、足元にある花に気がつくことがあるように。いつもとは少し違ったことをした時に、あるいは偶然何かが起こった時に。
いつもの自分の延長線上にはない何かを見つけることができるものである。

そうやっていろいろ見ている中で最近衝撃を受けたのは映画「シャイニング」である。
ホラー映画ということで少し敬遠していたのだけど、スタンリー・キューブリックの作品はあまり見たことがないし、一つの挑戦だ、と視聴。
まずは非常に美しい映像に目を奪われた。すべてが計算されて配置されているのではないだろうか、映画には意味のないものは映らないと言われるが、「シャイニング」では置いてあるものすべてに意味があるのではないか?思わされるほどにすべてが美しく配置されている。

「ROOM237」という「シャイニング」に込められた暗号を解説する!という映画が作られているほどに、何らかの隠喩があるのでは?と感じる映像である。
余談だが「ROOM237」は、それはそれでおもしろいのだけど、あまりにも陰謀論的すぎているし、キューブリック本人に何か聞いたわけではないというのが残念。
でも人間のこじつけ能力というか、ちょっと頭がいっちゃっている人は何からでもメッセージを受け取ることができるんだということが確認できるという意味でおもしろい映画である。

「シャイニング」に話を戻すと、映像美は何らかの示唆に富みながらも、その実なんの意味もないのでは?とも思える。
想像の余地を残すことで視聴者に恐怖心を与えることが目的であって深い意味はない。枯れた井戸も、恐怖心を持って覗けば深淵となる。
見終えたあとに、漠然とした恐怖。何かとんでもないものを見たような気もするし、たいしたことがなかったような気もする。もやもやとした恐怖が残る。
実態がつかみきれないものの方が、人はそこに“なにか”を見てしまうのかもしれない。

posted by どらっくす at 08:19| Comment(0) | 毎日書かなくても日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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